FC2カウンター
プロフィール

日野光治

Author:日野光治
馬鹿と煙は高い所に登る。
しかし高い所に登らなきゃ見えない景色もある。
政治だって『庶民の目線』なんてのがもてはやされてるけど、そういう低い位置からだけしか見ていなければ道を誤る。
ということで、馬鹿は馬鹿なりに今日も好き勝手に政治放談したり山歩きをしてみたりと、気ままに生きてます。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
最新トラックバック
月別アーカイブ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

隅田川花火大会

私のことをよく知っておられる方はご存知かと思うが、私は花火大会を高いところから見物することが多い。
神宮外苑花火大会を都庁展望室から眺めたり東京湾大華火祭を東京タワーから眺めたり。(東京湾大華火祭は、距離は遠いものの都庁展望台から見たこともあった。私は花火見物では都庁を利用する割合が結構高いかも)

そうなれば新しくできた東京スカイツリーから隅田川花火大会を見てみようと考えるのは自然の流れというもの。しかしここはいけば入れてくれるというものではない。入場券の抽選販売で当選しなければならないのだ。
で、その入場券、私は当選していたのだ。結構な倍率だったとのことだが、私って結構ついてる?


どうでもよいことではあるが、わたしは高いところから「見ろ!人間がゴミのようだ!」などと高笑いしながら花火を眺めるのが好きというわけではない。花火をある程度近くから見ようと思えばかなり早い時間から場所取りをしなければならない。暑いのが苦手な私がこの暑い時期に長時間屋外で場所取りをするというのはかなりきつい。その点屋内ならば程よく冷房も効いているから長時間の場所取りも苦にならない。屋内で花火が見える場所というと高いところということになってしまうのだ。

だから今回のスカイツリーから花火を眺めるというのも目的ではなくて手段という側面が大きかった。ただ、スカイツリー開業後最初の花火大会ということで、ここから見ることができればネタにはなる。そういう意味において例年の花火見物とは異なりここから見ることが目的の一つになっていたともいえる。

さらに付け加えるとスカイツリーには、こういう機会でもなければなかなか登ることもなかっただろう。階段登りできるのであればともかく、エレベーターで昇るだけだったら昇って面白いものなのかなぁ?
それでも開業初日であればネタとして昇ってもよかったが初日チケットははずれたのだ。



さて、とにかくスカイツリーに向かう。普段だったら浅草散策をしてからスカイツリーまで歩くところであるが、隅田川花火大会の日ということで周辺の道も混雑するだろう。時間が迫ってくると歩行者も通行制限される場所も出てくる。ということでスカイツリーの足元まで地下鉄で向かうことにする。
で、押上駅に到着。早速地上に上がりスカイツリーを見上げてみる。
押上駅側から見たスカイツリー
やっぱり傾いて見えるねぇ。いや、実際に傾いているわけでないことは十分理解している。でも底面が三角形で上に行くにつれて円になるという無理な構造のため、見る方向によっては傾いて見えてしまう。『ソリ』だ『ムクリ』だといったところで、高さに比べてソリ・ムクリの割合が小さいから遠目にはよくわからないし、わかる程度まで近づくとソリ・ムクリよりも傾いて見えることのほうが気になってしまう。
でも近隣に住む人たちにとって、無意識に眼の端に映るスカイツリーが傾いて見えるというのはどうなんだろう?「傾いて見える!」と意識しているのよりも無意識に見えてしまっているほうが精神に影響しそうな気がするのだが。サブリミナル的に不安感が植え付けられそう。
精神に対する影響がどうなのかは今後の研究に任せるしかないが、イメージで言うと現在の日本の不安定さを象徴しているように感じてしまう。
しかしこの奇妙な形状も十分な広さのない場所に建てたから。何で狭い場所に無理して建てたんだろう。
そもそも電波塔という役割を考えればこんな下町平野部に建てる合理的理由はない。普通山の上に建てることでアンテナの高度を確保する。実際、東京タワーだって丘の上に建っている。十分な広さを確保できる山に建てるべきものを広さが十分でない低地に作ってどうする。


ケチをつけていても仕方がないので中に入ってみる。17時30分からチケット引き換え・入場が開始されるということになっていたのだが、17時ちょっとすぎに行ってみたらすでに入場が始まっていた。しまったなぁ。こんなことならもっと早くに来ていればよかった。これはもうよい場所は望めないかな?

今回展望デッキへ昇るエレベーターは、4基あるうちの、夏をテーマにしたエレベーターのみが使用されていたようだ。まぁ花火見物に来たのだから花火がデザインされたエレベーターで雰囲気作りといったところか。切子を使ったデザインはなかなか面白い。

ついたところは展望デッキフロア350。三層ある展望デッキの一番上の層である。まずはこのフロアを一周してみる。
スカイツリーから東京タワー方向を見る スカイツリーから東京ドーム方向を見る
もやがかかってあまり遠くまでは見通せないが、東京タワー、東京ドーム、都庁などはかすかに見える。
周りに高い建物がない分天気が良ければ見通しは良いのだろう。


一周したのちさらに上の展望回廊へ向かう。展望デッキでもすでにどこの展望台よりも高いし花火が開く位置よりも高い位置なのだが、せっかくなのだからさらに上に行ってみなければ。
スカイツリー展望回廊
エレベーターを降りるとそこからタワーを一周しながら登る展望回廊である。景色を楽しみながら最高点に向かって登っていく。

花火の打ち上げ場所もよく見える。
花火打ち上げ台 第一会場 花火打ち上げ台 第二会場
展望フロアの位置が高いせいもあってツリーの足元は見えず、少し離れた花火打ち上げ場所などはちょうどよい位置に見える。
しかしさすがに第一会場と第二会場双方を見られる場所には私の入り込む隙間はない。とりあえずは第一会場だけはしっかり見える場所を確保する。



だんだん暗くなりいよいよ花火開始。御丁寧にも花火の音を集音機で拾って館内放送で流している。そんなことしなくてもこれだけ近いのだから音くらい聞こえないのかな?そんなに防音性能が高い建築物なのかな?

上から見下ろすことにより、花火は夜景の中に開いて見える。周りからは「花火より夜景のほうがきれいじゃない?」なんて声も聞こえてきたり(笑)。
今までも高いところから花火を見てきたが、せいぜい花火が開く高度と同じくらいで、空に浮かんで見えていたのだが、今回は完全に夜景の中。こういう光景は今までならヘリに乗るなどしなければ見ることができなかったわけだから、ヘリ搭乗よりはるかに安価にこの光景がみられることになったというのは意義深いといえよう。


隅田川花火1

隅田川花火2

隅田川花火3



そんな花火も終了。後は退場するのみ。展望デッキフロア340(展望デッキ最下層。花火終了までは閉鎖されてた)を通るのだが、その時ガラス床も見ることができた。東京タワーのガラス床よりもサイズが大きい。高さも東京タワーのてっぺんより高い位置なのだからすごい迫力だね。まぁ、この時はツリーの中も外も照明を抑えているからあまりよく見えなかったともいえるから、いずれ明るいうちに身に行っても面白いかもしれない。

出口フロアまで下りると来場記念の土産を渡される。中身はスカイツリーを模したボトルウォーターと菓子など。
この花火大会のチケットは4000円。通常時の入場料が、展望デッキまでが2000円+展望回廊までが1000円+予約手数料500円で計3500円。差額の500円はイベント時の特別上乗せ料金かと思っていたのだが、この土産のことを考えるとむしろ割安だね。ショップで買えばボトルウォーターだけでも400円。土産全部ならどう考えても1000円超えてると思う。サービスの良い会社とみるべきか、通常料金が高すぎるとみるべきか…。

何にしても十分満足できた。来年もチケットをとれるかどうかは分からないが、受付が始まったらまた応募してみようと思う。
スポンサーサイト

テーマ : 夏の旅
ジャンル : 旅行

新年にあたり…

さて、年も明けて数日たってしまったのでそろそろ何か書かねばなるまい。

書かねばならないことは積み残したままではあるが、一年の最初ということで、それっぽい話題を。

今年の初詣でのおみくじ。とりあえず大吉だったのであるが、「これから下り坂ということか」などと考えてしまう今日この頃。
願い事 : 首尾よく叶うしかし油断すれば破れる
とのことであるが、私の願いごとってなんだろう?

初詣で祈願したことということであれば、災害復興だとか北朝鮮の暴発防止だとか中国の海賊退散だとか、さまざまなものを込めての『日本の安泰』を祈願したのであるが、これらが首尾よく叶う?
民主党政権が終わったとしても首尾よくすべてがかなうかなぁ…。でも油断して、民主党政権を続かせてしまうのは勘弁願いたいものである。

そういう国・社会にかかわることではない個人的な願いということであれば、宝くじを当てたいってところであろうか。
今年も放射能除染ボランティアをはじめとした活動で被災地へ行くつもりであるが、その資金の足しにもしたいし、中国人に買いあさられている富士山の別荘地の防衛もしたい。選挙で投票するなんて人任せなことで済ませるのではなく、自ら出馬し日本を救う手助けもしたい。隅田川屋形船オフも忘れてはいけない。
いくらあっても多すぎるということはない。2月に発売される1等前後賞合わせて5億円の復興宝くじ、当たるといいな。



おみくじの裏に『神の教』というのがある。

金を貯めたら慈善をするという人は、ためるお金に限度がないからなかなか慈善が出来がたい。物がなければ力で、力がなければ言葉ででも、人を慰め、人の力になってやれ。情けは人のためならず慈善をすれば心が明るくなって、まず自分が救われる。

だそうな。
「金がたまるまで募金もしないしボランティアにも行かない」なんてことは言わずにいままで活動してきたのだが、やっぱり金がなければ活動できないので、神様、なにとぞ日本のために働くための資金をお授けください。



それはともかく、除染ボランティアに行くつもりではあるのだが、果たしてどの程度ボランティアの募集がされるであろうか?
厚生労働省が除染業者のガイドラインを策定し、専門業者以外の事業者が除染をする場合には、作業場所の平均空間線量率が2.5μSv/h以下の場所に限定するよう規定している。まぁこれ自体、規定している数値の求め方にいささか不満はあるのだが、問題はこの基準をボランティアにも適用させようとしていることである。
確かに追加線量1mSv/年以内に収まるようにすれば2.5μSv/h以上の場所での活動もボランティアとしてできると解釈できる補足がつけられてはいるものの、実際に2.5μSv/h以上の場所での活動のためのボランティアを募集しようとしたら有形無形の圧力がかかって募集中止に追い込まれるのではあるまいか。
しかし私が今まで参加してきた除染ボランティア(つまり除染が急がれている地域)では3.2~3.6μSv/hくらいであった。そういった特に除染が急がれる地域からボランティアを追い出そうというのであれば到底承服できない。

ちなみに福島市内のホテルに宿泊して、そのガイドライン基準値を超えている3.5μSv/hの場所に除染作業をしにいった場合、私の線量計では大体1日に20μSvくらいになった。
追加線量1mSv/年という枠内に収めたとしても年に50日は除染作業をできることになる。しかし年に50日もボランティアに行ける人ってどれだけいるのだろう?少なくとも私はそんなに行くだけの余裕は経済的にも時間的にもない。であるならばもっと高い線量の地域に入っても安全上問題ないではないか。

「そんなに高線量の場所で活動したいのであれば除染専門業者に就職すればよいではないか」という人がいるかもしれないが、それは違う。除染対象地域の多くは業者ではなくボランティアがいくことにこそ意味があるのである。


となんとなく積み残している話題にも軽く触れて本日分は終了。

先を読めなかったのか?

東日本大震災の津波で倒された岩手県陸前高田市の松を薪(まき)として燃やすことを計画していた京都市の五山送り火。二転三転して結局陸前高田市の薪の使用を断念したそうな。

この二転三転する様は醜悪であった。

そもそも五山の送り火に陸前高田市の松を薪にして使おうなどと言い出したのはどこのだれなのであろうか。(大分の美術家とかいう話を聞いたが、なんでそんな余所者が口を出したんだろう?)
もちろん「被災地のためになれば」という純粋な気持ちからのものであったのだろうけれども、こういうものって思いだけで突っ走るとろくなことにならないってのはわからなかったのであろうか?
東北一帯の稲わらのセシウム汚染のことを思えば『放射能は大丈夫か?』という声が上がることなど少し考えればわかることだろう。
もちろんその辺のことを考慮して放射性物質が付着している可能性のある樹皮をはいだ状態で使おうとしていたのは評価できるが、その辺のことをきちんと周知しようとしていたようには見えない。「被災地のためにやってるんだからみんな賛同してくれるはずだ」などと思いこんで事前説明を怠ったのだとしたら認識が甘いと言わざるを得ない。

案の定、放射能汚染を懸念する声が寄せられる。「燃やした灰が琵琶湖に落ちて水が飲めなくなるのでは」等という極端な意見も寄せられたというが、こういう科学的知識のかけらも持っていないような妄言に対して、懇切丁寧に説明することこそ求められているのに、その労を怠り中止を決定したという。
放射線が検出されていないのに中止などにすれば各方面よりバッシングを受けるであろうということは少し考えればわかることだろう。そういう先のことを考えず、目先の苦情の鎮静化だけを考えていたのだとしたら認識が甘すぎると言わざるを得ない。

で、実際にバッシングが始まると、それを鎮静化しようと、一転受け入れを決める。たとえバッシングを受けようとも自らの決定に責任を持つという姿勢はなく、とにかく非難を受けないようにという自己保身の論理でのみ動いている。
しかしもともと京都に送られるはずだった、放射線が検出されなかった、樹皮をはいだ薪はすでに燃やした後。
本来ならば、代わりの薪の樹皮のはぎ取り作業などにどのくらいの時間がかかるか、送り火の日までに間に合うのかなどを事前打ち合わせののちに受け入れを決定すべきなのに、そうした打ち合わせがされたようには見えない。
以前の薪が放射線を検出されなかったからといて今回も大丈夫だろうなどと考えていたのだとしたら認識が甘いと言わざるを得ない。

急に受け入れることに転換されても準備が追いつかない。特に期日が迫っているのだからなおさらである。それで加工前の樹皮がついたままの状態で薪が京都に送られた。このとき京都のほうでは何をとち狂ったのか樹皮を集めて放射線を計測したという。そりゃ検出されるだろうさ。もともとの計画では薪として使用しないはずの部分なんだから。まぁ、たとえ樹皮をつけたまま燃やしたとしても人体に影響の出るような値ではないけれども。
そういう正当とは言い難い検査を理由にまた使用中止が決定される。樹皮をはいだ状態では放射線が検出されないのが確認されたのにもかかわらず、樹皮をはいで使用するという方法は検討される事もなく中止が決定されたようである。ここでも苦情が出ないようにという自己保身か。もういい加減にしろと言ったところである。


結局のところ、思いつきに飛びつき、認識の甘いまま検証なしに物事を決定し、自己保身をしようとしたばかりに無責任さを露呈させてしまって問題を大きくしてしまったわけだ。まるでどこぞの首相のようである。
いったいいつから日本はこういう醜悪な連中が増えてしまったのだろうか。嘆かわしいことである。

ブログ更新予定

ブログ更新は順調に・・・遅れてます。
でも二・三日のうちには時間を取れるようになるんじゃないかなぁ。やってるオンラインゲームのほうでの爆弾発言の余波が収まるころには何とかなると思いたい。

で、まずは、21日に行ってきた、高尾山紅葉狩りについてが最優先かな。その次にはサクラ大戦の新ゲームについて(というかオンラインゲーム)についても書いておきたい。そうこうしている間に月が変わっちゃいそうだな…。

蒟蒻ゼリー

蒟蒻ゼリーによる死亡事故に関する裁判で「製品の安全性に欠陥はない」との判断が下された。

まぁ当然であろう。十数年前ならいざ知らず、蒟蒻ゼリーによる事故のことはさんざん報道されてきているし、製品にもその危険性は表示されている。

弁護人は裁判所が「多くの消費者がこんにゃくゼリーの危険性を認識している」との見方を示したことについて、「事実誤認だ。男児の祖母は危険性を知らないからこそ孫に与えた。まだ十分危険性が国民に認識されていない」と話しているらしいが、馬鹿を言っちゃいけない。こんなときに危険を知っていたけど与えたなんて証言する馬鹿がどこにいる。危険性を知らせる表示がでかでかと書いてあるのに気付かないわけがあるまい。
そう、危険性を知っていたのである。そのうえで「うちに限ってそんな事故にあうわけがない」という勝手な思い込みをして事故にあったのであろう。これは完全に消費者側の問題。やりきれない思いをぶつける相手が欲しいのは分からないでもないが、自らの過失を他者に転嫁しようというのは間違いであろう。

たとえば餅をのどに詰まらせて死ぬ人は毎年いる。餅がのどに詰まる危険性については国民の多数に認識されてはいるが、その危険性の表示などされていない。
さらに言えばパンをのどに詰まらせた死亡事故もある。しかしパンの危険性など国民は認識しているとはいえないだろう。当然その危険性に関する表示などもない。ではパンで死亡事故が起きた時、パンの製造者・販売者を訴えるなんてことをしている人がいるだろうか?
飴をのどに詰まらせる人もいるがそれはどうだろう。

蒟蒻ゼリーはまだ歴史が浅い食品であるがゆえに、『危険性が国民に認識されてない』などと強弁できるのだろうが、そう遠くないうちに、蒟蒻ゼリー事故で裁判を起こすことが、パンで事故を起こして裁判を起こすのと同様のバカげた行為であるという認識のほうが国民に広がるのではなかろうか。

検索フォーム
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。