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日野光治

Author:日野光治
馬鹿と煙は高い所に登る。
しかし高い所に登らなきゃ見えない景色もある。
政治だって『庶民の目線』なんてのがもてはやされてるけど、そういう低い位置からだけしか見ていなければ道を誤る。
ということで、馬鹿は馬鹿なりに今日も好き勝手に政治放談したり山歩きをしてみたりと、気ままに生きてます。

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屠蘇散を探して○○里

さて今年もいよいよ終わり。新年に備えて屠蘇を作らねば。
ということで屠蘇散を買いに出かけた。
薬屋で買うという方法もあるが、売ってそうな薬局はすでに休業に入っているし、ドラッグストアなどに行ってもアルバイト店員に「屠蘇散って何ですか」と怪訝な顔をされるのがオチであろう。しかしこの時期だから味醂(みりん)には屠蘇散が付いているだろう。軽い気持ちで出かける。

しかし近所のスーパーには屠蘇散付きのみりんが置いてない。2件目のスーパーにも3件目のスーパーにも置いてない。屠蘇散ってそんなにマイナーなもんになってしまったのだろうか。屠蘇散を探すのをあきらめて養命酒でも買って帰るか?屠蘇も養命酒も、どちらもみりんに漢方薬を漬け込んだもの。似たようなものだろうからなぁ…。等と考えてしまいながらも次のスーパーを目指す。

4件目のスーパー。ここは普段から日の丸を掲げるような愛国的スーパーなのだから、きっと置いてあるに違いない。
あった!
と思ったら、屠蘇散が付いているのは「本みりん」ではなく「みりん風調味料」と「料理酒」なのだ。みりんはそのままでも飲めるがみりん風調味料は飲み物ではない。屠蘇散を漬け込んだところでやはり飲めたものではないだろう。料理酒に至っては屠蘇風にすらならないだろう。
どうするか、屠蘇散付きのみりん風調味料と本みりんの両方を買って帰るか。しかしみりん風調味料など私は使わない。無駄になるとわかっているものを買うのは…。しかしここで買わなかったらほかに置いてある店があるかどうかわからない。
さんざん悩んだ挙句、次に行く店で置いてなかったら戻ってきて買うことにした。

しかしそうはいっても、ほかのスーパーといっても、今まで見てきたスーパーのどれかと同じチェーンの店しか残っていない。ということで、百貨店の食料品売り場に行ってみた。
あった!!
今度こそ屠蘇散付きの本みりんである。割高ではあるがここで購入して家に帰る。これで安心して年を越せるというものである。

ちなみに家に帰ってからそのみりんのメーカーを見ててみたら「養命酒製造株式会社」だった。やっぱり養命酒だよ…。
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???宇宙戦艦ヤマト 復活編??? その3

だいぶ期間が開いてしまったうえ、別の話題が挟まってしまったが、宇宙戦艦ヤマト復活編の感想の続きである。

さて、中東風の街並みのアマールに到着。実はアマールも星間国家連合に加盟しており、決議違反の制裁を恐れてヤマトの退去を要求する。そういえば星間国家連合の会議にこのおっちゃん出てたなぁ。しかしこのアマールの対応がわからない。会議に出席していながら、なんで「侵略を受けた事実はない、難民を受け入れているだけだ」と事実関係を報告しなかったのか。その報告を握りつぶされたのだとしても、それならそれで移民受け入れ中止を一刻も早く地球側に通告すべきだっただろう。あるいは地球側代表に星間国家連合の会議で事情を説明できるよう便宜を図ることもできたのではないか。
そもそも地球側も移民しようとしている先の政治情勢くらい確認しなかったのか?

私ならアマールは星間国家連合に加入するかどうか世論が割れている状況で、SUSから「地球移民のことを地球の侵略の証拠だと証言すれば仲間に入れてやる。地球に有利なことを言ったり証言を断ったりすれば侵略国家の支援国として制裁の対象とする」という圧力をかけてきたってことにするんだけどなぁ。まだ加入してないから会議にも出席しておらず、星間国家連合がどんなことを決めたか(強制力のある決議なのか強制力のない議長声明にとどまるのか等)。知らなくて地球に通告が遅れたとか(それでも警告位はできたはずだが)。で、SUSの強硬策が裏目に出てアマール世論は反星間国家連合に傾いちゃうと。

どうでもいいけどガルマンガミラスはどこへ行っちゃったんだろう。確かに「完結編で」は異次元から現れた銀河との交差により壊滅的ダメージを受けた描写はあったものの、ガルマンガミラスの勢力範囲から考えれば被害の少ない星域を中心に復興が進んでるはずなのに。だって、あのデスラーが健在の上17年もたってるんだから。ボラーのほうはベムラーゼ死亡の混乱が収まらぬうちに銀河交差の天災に襲われたのだから分裂したってことはあるだろうけど。

しかしヤマトの国外退去を待たずに星間国家連合の制裁が始まってしまう。「これ以上事態をややこしくしないでくれ!」というパスカル将軍の依頼を受けて自重するヤマト。いや、いくら大人になって分別が付くようになったといっても、無辜の市民に対する空爆を座視する様な人間は古代じゃないだろ。しかもいつヤマトにも攻撃の矛先が向くかわからない状況なのに戦闘準備をするどころか錨をおろしてのんびり停泊って…。
さらに艦長室で思い悩む古代の頭に響くのは雪の声。古代なら「沖田さんならどう考える?土方さんならどう行動する?」と考えなければうそでしょ。ここで聞こえてくるのは沖田艦長の声であるべき。ヤマトっていうのはそういう男のドラマでしょ。何女々しく妻の声なんか聴かせてるんだ?

そうこうしているうちに「義のない戦に身を投ずるのは恥」と、エトスのゴルイ提督が星間国家連合脱退を決断。ゴルイ提督特攻。ヤマトはいまだ動かずただ傍観するだけ。
アマール市民も「ヤマトと共に戦おう」などと騒ぎだす。
そのあとになってやっとヤマトも出撃することを決断。遅すぎでしょ。アマールの依頼があるまで戦闘を始めないというのならば(そんなのはヤマトとは認めないが)それはそれで筋が通っているが、アマールの意思を確認する前に決断するのであれば、ゴルイ提督の決断を受けて即時出撃すべきでしょ。タイミングを逃したばかりにゴルイ提督は無駄死にしたようなものである。敵旗艦を沈めたところで戦争は始まったばかり、まだこれからも戦い続けなければならないのだから。

ところで、試写会などの感想を見てみると「右翼」「タカ派「石原臭が気持ち悪い」などの感想を見かけるのだが、冗談ではない。これのどこが右翼なものか。石原慎太郎都知事が本当の意味での保守であるかどうかわ疑問に感じるところがあるが、それはともかく、ヤマトの行動を見てエトス軍やアマールが星間国家連合と袂を分かつ決意をしたといったような「立派な行動を示し続ければ理解してもらえる」などと言ううすら甘い幻想は、保守派よりもうすら甘いサヨクと親和性が高い考え方だし、SUS=アメリカらしいが、ゴリゴリの反米で中東に接近しようというのは極左の日本赤軍などを想起させる。私から見れば「サヨク・左翼臭くて気持ち悪い」といったところである。大体、右翼だったらアメリカ以上に敵として登場させたい国があるじゃないか。

さて、遅すぎるヤマトの出撃になぜか付いてくる地球艦隊。ヤマトの独断専行はお約束だが、ほかの艦は一体だれの命令でヤマトに同行しているんだ?まぁいいや。
アマール艦隊も同行を申し入れてくる。このアマール艦デザインは結構好きかも。衝角が付いてる。これは体当たりか?体当たりなのか!? それで敵が沈まなかったら白兵戦なんだね!? 燃えるなぁ。と期待していたのに旗艦のシールド以外見せ場なくあっけなく壊滅しちゃった。もったいないなぁ。もったいないお化けが出てきちゃいそうだよ。

しかし後半にも良いところがなかったわけではない。波動エンジンの出力が安定せずシステムの再起動をしようとする双子に対して、波動エンジンの下から這い出てきた太助が「お前たち、いったい何を教わってきたんだ!スパナの使い方も知らんのか!!」と一喝。そう、ヤマトはこうでなくちゃ。コンピュータ任せにせず直に触って動かしてこそヤマトだよ。

さて対要塞戦。敵砲台の動きをいち早く察知し回避するヤマト。しかしほかの地球艦隊に回避命令を出している描写はないし、ヤマトの動きを見て追随しようとしている様子もない。無人艦隊ではあるまいし、命令がなかったので回避行動をしませんでしたって、あまりにもお粗末ではないか?いくらヤマトを単艦で戦わせるためとはいえ、ヤマトだけ回避させてほかの艦は回避もせず壊滅って、どういう演出だよ。回避しようとしたけれどヤマトほどのエンジン出力と機動力がなかったために回避しきれなかったというのであればヤマトを引き立たせる演出だろうけど、これではただの馬鹿さ加減を表現しているだけではないか。

要塞攻撃をしようとしたらバリアが邪魔する。そこで波動エネルギー弾を搭載した特務艇を発進させることに。
???
波動エネルギー弾といっても波動砲よりは威力が小さいのでは?波動砲の射程外なのか?でもバリア解除後すぐに波動砲を撃ってるよなぁ…。一体何のために特務艇を発進させたんだろう。
で、、この特務艇、シイラじゃなくて「信濃」というらしいが、安定翼を展開する前の形状が、震洋(特攻艇)に似てる。空母でも戦艦でもない特攻艇もどきに「信濃」なんて名前を付けるなよ。と思っていたら本当に特攻しちゃった。
特攻自体がいけないとは思わないが、ありとあらゆる手段を尽くした後、ほかにもう手段がないというところまで追いつめられてからの特攻であれば印象的なシーンになるだろうが、ほかの手段を探ることなく特攻ありきの作戦(及びそのための装備)というのはあまりにも安直であろう。

特攻のおかげでバリア解除。五つの砲台を破壊するために六連発波動砲のうち五発を使うことに。連発とはいっても波動砲はヤマトの軸線上にしか打てないのだから、発射・回頭・発射・回頭という風に撃つんだと思っていたのに、回頭もせず本当に連発しやがった。どう考えたらこんなでたらめが通用すると思ったんだろう?
というか、初期シリーズでもオーストラリアほどの大きさの浮遊大陸を一発の波動砲で破壊できたうえ、その後何度かの改修で波動エンジンが大出力化し、それに伴い波動砲の威力も上がっているはずなのに、オーストラリアよりはるかに小さそうな要塞および要塞砲を一発で破壊できないってどういうこと?いくら岩石と超金属(波動砲が効かない超金属だなんて描写はなかったけど)の違いがあるとはいえ、たかだか砲台一基に波動砲一発も使わなければならないというのはしっくりこない。六連発波動砲って言うのは、以前の波動砲が六発というのではなくて、以前の波動砲のエネルギーを六分割にして小出しにしようということなのだろうか。
そういえばブラックホール沖会戦のとき波動砲を撃とうとした上条に対し古代が「今波動砲を撃ったらワープのエネルギーが足りなくなる」とか言ってたっけ。五発までなら波動砲を撃ってもワープできるのだとばかり思っていたのでおかしいとは思ったんだよね。でも波動エネルギー小出し波動砲なんてものにするんなら拡散波動砲でいいじゃん。

砲台を破壊したら要塞が次元潜航。亜空間ソナーはどうしたっていうツッコミは置いておくとして、ここはもう音楽がダメ。時々顔を出してチマチマ攻撃してまた潜航の繰り返しという要塞らしからぬセコイ戦い方をしているだけでもがっかりなのに、要塞の脅威を感じさせるような曲ではないから、要塞のシンクロナイズドスイミングにしか見えない。どうしてこんな軽い表現にしたんだろう。

で、突然古代が「あの太陽は人工太陽で敵のエネルギー源だ」などと見抜きそこに波動砲を打ち込んで戦闘終了。
ちょっと待て!! そこは電算室に活躍させるべき場面だろ!!
何の脈絡もなく古代に気付かせるってなんだよ。
必死に対抗策を考えるも打つ手なし。艦のダメージはどんどん蓄積していく。絶体絶命。そんなとき電算室から「エネルギーの流れが変です。あの太陽が敵要塞のエネルギー源になっているのでは?」という報告が入る。その報告を受けて太陽を撃つ。こういう流れのほうがよほどしっくりくる。
人工太陽が破壊されてエネルギーの供給が断たれた要塞が浮上してきたところを主砲や艦首ミサイルで攻撃するのかと思っていたら、太陽破壊と同時に勝手に崩壊したんだ別次元に逃げ帰ったんだかよくわからない描写で要塞退場。本当に戦闘の描写が下手だなぁ。

ということで次回に続く

テーマ : 宇宙戦艦ヤマト
ジャンル : アニメ・コミック

サクラ大戦巴里ライブに行ってきた

紐育レビュウショウ終幕より約一年半。サクラ大戦の舞台がかえってきた。ということで昨日初日の舞台を見てきた。

スーパー歌謡ショウ以降の出来を思い出して、サクラ大戦の舞台が復活すると聞いても素直に喜べなかったのではあるが、巴里のショウでは失望したことがないことを希望のよりどころとして観劇することに。

開場約1時間前に会場に到着。グッズ先行販売をやっているが、グッズを購入する気などさらさらない私は、そっちはスルーして、知り合いがいないかあたりをブラつく。しかし意外と知り合いを見かけない。今までの歌謡ショウならこのくらいの時間には数名の知り合いを見つけているところなのに、今回の公演を期待してる人って減ったんだろうか。そういえばグッズ先行販売の列も以前と比べてだいぶ短いような…。
グッズ先行販売を締め切るころになって入場列が作られる。以前ならグッズ購入列と同時に入場列も作られたのに、手際が悪いのではないかと思ったのだが、以外にも入場列も人が少ない。確かにこの人数なら列を作るのが遅くても問題はなかろう。しかし公演前の雰囲気を楽しもうってほど期待してないんだろうかねぇ、やっぱり。
そうはいっても時間がたつにつれて列も長くなてくる。私は知り合いが来ないか、列に並ばずに待つことに。

そうこうしているうちにようやく知り合い発見。開場時間間近になると他にも知り合いを見つけられるようになる。皆さん来るの遅いよ。心配してしまったではないか。私にとってサクラ大戦のショウに行く上で、知り合いと久々に会うということが観劇と同等以上に重要なのだから。
知り合いとあいさつを交わしているうちに男性出演者の握手まわりが始まったようであるが、、私も含めて一緒にいた知り合いは「別に男性出演者に関心ないし」といった感じに考えているようで、わざわざ列に並びに行ったりしなかった。今回は誰が出てきたんだろう?と思ってる間に開場時間。しかしまだ開場している様子がない。まぁ初日は遅れるのが常だから仕方ないか。

結局開場は10分遅れ。しかもロビー開場で座席までは入れないとのこと。いや、ロビー開場って、この人数だとロビーがあふれかえって収拾がつかなくなるんじゃなかろうか。本当に手際が悪いなぁ。と思っていたら案の定入場を開始した列の進み方が途中で鈍くなった。何やってんだか。本開場は30分遅れ。これは開演も遅れるんだろうと思いながら知り合いとの会話を続ける。

そんなわけで入場が落ち着くまで、いや落ち着いた後も知り合いとの会話を楽しみ開演10分前に入場した。席についたのは18時22分。何と前説がすでに始まっている。開演も遅れるんじゃなかったのか?いや、まぁ開演が遅れるというアナウンスはなかったけれど、開場が30分も遅れているのにほぼ定刻通りに開演するなんて思うか?まぁ本編が始まってるわけではないからまぁ良いか。

前半は主に既存の曲を使って構成されている。歌曲中心というのがよい。帝都歌謡ショウも歌曲中心時代は良かったのであるが芝居中心に変化してからはキャラ改変(というか改悪)が進んだことを考えれば、特別ミニライブショウ以来ディナーショウ、そして今回と、歌曲中心で進めてきた巴里組は幸運だったともいえる。
しかし気のせいか、今回は音声がこもって聞こえた。歌などの時も歌詞が聞き取れない。音響の腕が悪いのか私の耳が加齢によって性能が落ちたのか。

後半は新曲を中心とした構成。ゲームのほうが計画が止まっている状況で、かつ舞台の方も紐育ラストショウが「サクラ大戦のラストショウ」と称されていたのに新曲が出てくるとは思わなかった。いや、11月の田中公平先生のコンサートで触り部分が歌われていたらしいのだが、私はそのコンサートには行けなかったもので。しかしよく新曲を作る予算が出たものである。
それぞれのキャラを表現した曲になっていたかは微妙(特に花火の曲は花火の控えめな性格とはいささか異なる曲調に感じた。というか和風の曲というよりは歌謡曲といった感じの曲調に感じた。まぁ日本っぽい曲とは言えるかもしれないけれど)。しかし新曲が出ただけでも、暗い話題の続いていたサクラ大戦的には明るい話題として受け取れる。

また今回の講演で、来年3月6日に帝都ライブショウが開催されることも発表される。帝都か…。あそこまでキャラが崩れてしまったものだからなぁ。でも「歌謡ショウ」ではなく今回と同じ「ライブショウ」という名称ということは歌曲中心なのだろう。そうであれば多少はマシになるかもしれない。
それに今まで「作・総合プロデューサー」という肩書でショウにかかわってきた広井王子氏が今回は「総合監修」。イメージでいえば今までは広井氏が舞台を作っていたのに対し今回は他の人が作る舞台のチェックといった、一歩下がった立場で参加しているように見える。キャラ改変を推し進めた広井氏が一歩下がってくれるのならもしかしたら私の望む形の舞台がみられるかもしれない。
3月6日に都合をつけることができるのか、もし都合がついたとして、一日限りということでかなり熾烈になるであろうチケット大戦に勝利できるのか、不確定要素はあるものの期待したい。

終演後、この日のメインイベントであるオフ会へ(その考え方はサクラ大戦ファンとしてどうか…)。この日観劇しなかった人も含めてサクラ大戦ファンでのオフ会。皆さんお元気そうでなにより。終電の都合で一足先に抜けねばならなかったのが残念。次の3月6日の時もまた皆さんで集まりひと時を過ごしたいものである。

天皇陛下と中国副主席との特例会見問題について

天皇陛下と中国の副主席の特例会見について思うところを書いておきたい。

まず、「政治利用には当たらない」などと鳩山首相は主張しているようだが、ほかでもない、友好という言葉は口にするものの実態は日本を食い物にしようとしか考えていない敵対国家中国の要求をのむということは、単なる儀礼的なもので終わるわけがない。
そもそも、どこの国であろうと分け隔てなく、公平に接することを旨とする御皇室に対し、「関係の重要性」という政治的な論理で特例を認めろという段階で政治利用以外の何物でもない。

とは言っても私は別に御皇室の政治利用が悪であるとは考えていない。そもそも「天皇の政治利用禁止」というのは天皇の名を借りて戦争を推し進めた過去とやらに対する反省から生まれたものであろうが、終戦に際して陛下にお伺いを立てることによって事態を収拾しようとしたのもまさに政治利用。ようは使い方であろう。
もちろんことは善悪というベクトルでは語れない問題であり、私自身、陛下をお守りするためには政治から離れた位置にいていただきたいと考えている。
ただ、純粋に善悪のベクトルで語るならば、「政治利用禁止」とバカの一つ覚えのように言うことこそおかしいと言える。そういう意味において、首相は政治利用であることを認めたうえで、その有用性を国民に説明し、「天皇の政治利用の禁止」の緩和を訴えるべきであった。それなのに「政治利用には当たらない」などと、黒を白と言いくるめるかのごときことを言うのだから、反発を受けても仕方あるまい。そのような嘘が通用すると本気で考えていたのだろうか。


しかし、政治利用を認めたとしても今回の件には問題があろう。確かに中国との関係は重要ではあろう。しかし民主党、というか小沢氏の持論では日米中が正三角形の距離感で接することを目指していたはずである。普天間問題等でアメリカとの関係が微妙な時期に、大訪中団を組んだり今回のように特例を認めたりをするのは、明らかに米中それぞれへの距離感を等しくすることとはかけ離れている。国益を考えたバランスでもなく、自らが目指していると称する位置からも離れたこの状況をいったいどう説明するのだろうか。


また、「政治主導」という言葉で押し切ろうとしているようであるが、全く話にならない。公務員というのは国民に対する奉仕者であって、民主党の召使ではない。政治家の思いつきのしりぬぐいをするために公務員がいるわけではない。シンクタンクのようなものがあまり力を持っていない現在の日本において、各分野についての知識・ノウハウが備わっているのはそれぞれの省庁であり、そこが「できない」というのならばそれなりの理由がある。その理由について精査することもなく、「政治家の決めたことなんだから役人は黙って従え」というのは乱暴ではなかろうか。
政治主導とはあくまでも公務員からの意見を精査しつつ政治家が政策の取捨選択をしていくことであって、政治家の思いつきを一方的に公務員に押し付けるものではないはずである。

この点今回の件でいえば、まずは「陛下のお体を気遣ってのこと」、また「どこの国に対しても公平に接すること」というのが宮内庁側の言い分である。
お年を召された陛下に過密なスケジュールを強いることがないよう一か月前までに申請するというのは合理的な判断であり、否定すべき点はないだろう。多少の柔軟性を持たせることは必要かもしれないが、それは十分に予定に空きがある時に限られるべきだろう。「重要度の低い予定をキャンセルすれば良い」との意見もあろうが、先に決まっている予定を押しのけるということは、先に約束している相手に対して陛下に約束を違えさせるということに他ならない。日本国の象徴に約束を違えるようなことをさせるのは、日本自身が約束を違える国であると喧伝しているようなものである。そんな品のない国であるかの様に見せることは国益から見て大きな損失であろう。
また「どこの国に対しても分け隔てなく公平に接すること」もまた日本の品格を象徴することであり、それを覆してしまっては外交上のアドバンテージを手放すようなものではなかろうか。

そういった諸々を無視して「政治主導」の名のもとに特例を認めさせた民主党政権の罪は重い。


この亡国政権、本当にどうにかしないと…。

テーマ : 民主党・鳩山政権
ジャンル : 政治・経済

???宇宙戦艦ヤマト 復活編??? その2

前回の続き

敵の探査網を発見し迂回することに。しかし移民船のエンジン性能ではそんな長距離ワープはできない。そこで危険を承知でブラックホールの重力を利用したスイングバイで加速することによってワープ性能を補完することに。こういう、ピンチを知恵で打開しようとするところはヤマトらしくて好感を持てる。

ただ、その移民船団のスイングバイシーン。CGの弊害か、整然としすぎていてシミュレーション映像を見ているかのような印象。あれだけの数の移民船団がいるのだから、コースの取り方がまずくてブラックホールに落ちかける船があってもよかったんじゃないかな?

折原「あっっ!移民船○○○○号船が航路を外れてます!!ブラックホールに落ちてしまいます!!」
古代「なに!よし、波動砲発射準備!」
上条「えっ?いったいどうするんですか?」
古代「いいか、よくみろ。あの先にブラックホールへ落ちていく小惑星がある。そこを狙うんだ。その爆風で移民船のコースを変えるんだ!」

ってな感じのことがあったりすれば燃えるんじゃないかなぁ。「新たなる旅立ち」で赤色巨星に落ちかけたイスカンダルのコースを変えさせるために使おうとした手だから、旧来のファンならニヤリとするだろうし。いや移民船は爆風を食らったらそのまま壊れちゃいそうだけどそこは何とかなっちゃうのがヤマトという作品だろうし。

しかしその最中に敵襲。しかも三つも艦隊が出てくる。数的に劣勢なのだから地球艦隊を分割してそれぞれの艦隊に差し向けるなんて愚の骨頂。「まだ敵の包囲が完成したわけではない。全艦マルチ体型で中央の艦隊に波動砲斉射。敵の包囲網を分断したのちそれぞれの艦隊を各個撃破。右艦隊のほうが近いか」なんてことを考えてしまう私は別作品を見たほうが良いですかそうですか。
まぁそれはともかく、艦隊を二つに分けて左右の敵にあたらせ中央の敵はヤマトだけで対処するというのもまぁヤマト的といえばヤマト的で燃える展開ではある。しかも地球艦隊も善戦している。しかしその善戦を評して「あの艦(ヤマト)がいることで士気が上がった」ためなんて敵に言われちゃうのは、精神力で戦に勝ったってことなのか?ヤマトの強さというのはピンチを知恵で乗り切るところにあると思っていたのだが…。まあ確かに今回の艦隊戦シーンを見ても智謀を巡らせての戦いなどには見えなかったが、そんな精神論で勝たせちゃ、今時の若者でなくてもシラケる。私の頭の中では「♪知恵を巡らせ頭を使え悩みぬけぬけ男なら」って流れてしまったよ(あっ、これも別作品か…)。

あと気になるのは警告表示等、ディスプレーに表示される漢字表記。これって結構違和感ある。人間が文字を見てその意味を理解するのにかかる時間と、メーターの針の角度を図形としてとらえるのにかかる時間とでは後者の方が圧倒的に早い。戦闘時そのわずかな時間の差が後々に響いてくるということはありうる。そんな中わざわざ種類が多く認識に時間がかかりそうな漢字を多用するのは…。そういうことも考えに含めた結果松本メカは文字を表示するディスプレーではなくメーターを多用していたのだと思う。コンピューターが戦闘からダメージコントロールまで行い、人間はそれを確認するだけというのならば文字表示ディスプレーでもかまわないのかもしれないが、ファンが求めているのは人の手で動かす戦艦の物語である以上、松本メーターの方がリアリティーを感じるのではなかろうか。松本氏と西崎氏がけんかしたことが原因なのか、それともファンが何を求めているのかを読み違えて別の作品のまねをしてみたのかは知らないが、ヤマトらしさが薄れたように感じた。

ここで艦載機発進場面。格納庫や発進の描写は今までの作品にないくらい緻密に描かれ好印象。しかしコスモパルサーミサイルポッドに「乾坤一擲」はないだろ。なんか意味もわからず漢字の描かれたTシャツを着て歩いてる外国人のような痛さを感じてしまう。一擲というのはサイコロを投げること。そんなサイコロ任せなばくち的なことではなくきちんと作戦を立てて勝とうという気はないのだろうか。ないんだろうなぁ…。
コスモパルサーのデザインは微妙。何がいけないってミサイルポッドが角材みたいに見える所。建築現場に向かう輸送機じゃないんだからあれはないだろう。それも過積載。重爆撃機(実際には爆装コスモパルサー)はさらにそれがひどくなる。なんかこのミサイルポッドやら爆弾やらのせいで地球の機体というよりも、エトス軍の機体(実際にはエトス軍は艦載機を運用していないけれど)に見えてしまう。旗艦シーガルのイメージに近いよね?
問題は搭乗員。なんかヤマトの操舵士がいきなり空戦隊長になるうえ、艦医までパイロットとして出撃って何?艦の操舵と戦闘機の操縦は違うんだってことが分かってないのかねぇ今回の製作者は。
旧作の古代がコスモゼロで出撃するのはいいんだ。戦闘班長というのは砲術課と航空課を統括しているんだから。しかしメイン操舵士という専門職がそんなに簡単に艦を離れちゃダメだろ。もっといけないのが艦医。最も負傷者が出る戦闘中に職場放棄って、何のために乗っているんだ?この二人、最初から艦載機パイロットってことにしなかったことに何の意味があるのだろう。あと、この二人の戦闘中のイチャついた会話シーンはいらないと思った。

移民船の盾となりながらの戦闘をするヤマトというのは実によい。今までの作品ではヤマトを守るために駆逐艦が盾になってくれる場面はあったが、ヤマトが別の艦の盾になることはなかった。「守るべきはヤマトではなく人類」という意気が見える。ただ、ヤマトが傷つかなすぎなのはいかがなものか。ヤマト自身がボロボロになりつつも移民船を守るという姿のほうが観客の求めるヤマト像に近いのではなかろうか。どんな攻撃を受けれも傷つかない艦を見たいわけではなく、桁外れの耐久力はあるもののボロボロの状態になりつつも懸命に闘うヤマトが見たいんじゃないかなぁ。これは私だけの特殊な考え?

そんなヤマトの戦いぶりに感服したエトス軍ゴルイ提督は攻撃を中止。星間国家連合やSUSのことを(批判的に)教えてくれる。なんか強引な展開だがそれがヤマト。

そんなこんなでなんとかアマール星に到着。雪の乗っていた艦の残骸と対面。

ここまではいろいろ突っ込みどころは多かったものの、それを差し引いても見所もあり、結構見られる作品であったように思う。ここまでで次回作に続くとかなっていたら、他の人にも勧められる作品だと感じたのだが、この先がねぇ…。

ということで次回に続く

テーマ : 宇宙戦艦ヤマト
ジャンル : アニメ・コミック

???宇宙戦艦ヤマト 復活編??? その1

本日公開の「宇宙戦艦ヤマト 復活編」を見てきた。
映画館は大混雑。どうやら「ワンピース」目当ての客らしい。私はあらかじめ席を予約しておいたので混雑している窓口を使わず発券できたので支障なかったのだが、「ワンピース」客のせいで上映開始時間までにチケットを手に入れられない人もいたのではなかろうか。そのせいもあるのかもしれないが、席は二割ほどしか埋まっていない。土曜日で上映初日なのにこの客の少なさ…。

まぁ、なんにしてもとりあえずは見てみる。

違和感ありまくり。

まず移民船団旗艦「ブルーノア」が、砲塔を並列に配置した、シド・ミード版YAMATOっぽいデザインにげんなり。砲塔の並列配置って私の感性にあわないだけでなく軍事的にも意味があるとは思えない。と思ったらパンフを見たら「ブルーノア」は空母だって…。そりゃ、まぁブルーノアといえば宇宙空母だけど、艦載機発艦場面が全然印象に残ってなくて空母だとは気付かなかった。まぁ戦艦だったら砲塔の並列配置は許せないけれど空母ならよいか…。
まぁなんにしてもブルーノアをはじめとする地球の護衛艦隊はあっけなくやられてしまうのはお約束とは言え、もう少し見せ場を作ってやれなかったものかねぇ。最初のシリーズの沖田艦のように端から戦力不足だというのならともかく、充分敵を撃破する能力を持った艦隊なんだから。いや、拡散波動砲を使ったりしてそれなりの戦果はあげてたみたいだし、第一次移民船団も一部とはいえアマールに到着しているから作戦的には失敗とは言い切れないのだろうけれども、ブルーノアもスーパーアンドロメダ級戦艦もやられていることから惨敗のイメージが…。
まぁ確かに地球艦隊が惨敗しなければヤマトが引き立たないというのはわかるのだが、たとえば「2」の時の、圧倒的に不利な状況から敵艦隊撃滅をやってのけた土方司令の智謀と地球防衛艦隊の雄姿、その地球防衛艦隊がなすすべもなくやられてしまう彗星都市帝国の圧倒的な力、その圧倒的な力に敢然と立ち向かうヤマト。こうした対比を重ねてこそドラマというもの。この点今回の作品はあっさりしすぎてドラマにも何もなっていないように感じる。いや、今回の作品に限ったことではないんだけれどもね。
ところで古代(森)雪は移民船団の責任者という立場なのになんで旗艦「ブルーノア」ではなく、名前も明らかでない「スーパーアンドロメダ級戦艦」に乗っていたんだろう?あと、こんなところでサービスシーンはいらない。

古代が、救助に訪れた壊れた艦を操縦して敵を撃破する場面、あれは艦の機動ではない。敵とすれ違った後急速反転して背後から敵を撃つ、と文章で書くと艦対艦の戦闘としてありそうにも見えるものの、印象としては戦闘機の機動。コスモゼロの感覚で艦を動かしちゃダメだろ、古代。いや監督の責任か…。

キャラの顔立ちに違和感。古代進の顔はタツノコアニメのキャラみたいな顔だし、徳川太助などは「誰?」って感じ。旧作の回想シーンなどが旧作のままで使われていることから、一部キャラの顔が年齢を重ねたこと以上の変わりようを見せたことに特に気になるようになってしまった。そのくせ佐渡先生は昔のままといって良いし、島次郎も島大介の弟と一目でわかる顔。このチグハグ感が全体的な違和感になったようである。徳川についてはあきらめるにしても、古代はあんな顔にするくらいなら髭面のままのほうがよかったんじゃないかな?

ところで真田さんって宇宙科学局長官てことになってるけど、なんでその肩書で地球防衛艦隊に命令を下せるの?地球防衛軍司令長官はどこへ行った?「3」の時は移民本部の本部長は地球防衛軍司令長官が兼任してたよね?宇宙科学局長官なら艦隊を運用する前に、移動性ブラックホールの全容解明に力を尽くすのが任務ではないか?

さて、最大の難問。いったいなぜ「ヤマト」を引き上げ・修理しなければならなかったのか。「1」のときは地球艦隊は壊滅し、移民用に改造していたヤマトしか残っていなかったため、「2・さらば」は、防衛軍司令部に逆らって出発する際乗っ取りやすかったため、「永遠に」も敵の目をすり抜けて動ける艦がヤマトだけだったため、完結編も他の艦は壊滅状態。いずれにしてもヤマトでなければならない理由があった。しかるに今回は、わざわざヤマトを引っ張り出すまでもなく地球艦隊は健在。主力戦艦はやや武装が貧弱とはいえスーパーアンドロメダ級戦艦は、充分使える艦だろう。なぜヤマトなのか。ヤマトを出さなければ話が進まないとはいえ、そこに説得力ある背景がほしかった。

今回のヤマト乗組員は礼儀のなってない若造が多い。まぁそれがヤマトという作品なのだから仕方がないのだろうが、特にひどく感じる。機関室にたたずむ士官服の古代に向かって何の確認もせず「スパイだろ!」と決めつけて殴りかかるって、どんな教育を受けてきたんだ?普通見知らぬ士官がいても、お偉いさんの視察か何かと考えるのが普通だろう。さらに副艦長を名乗る相手に「副艦長だか九官鳥だか知らないが」って…。
機関室の双子もなんだかなぁ。わざわざ双子にした意味がわからない。ウザさが二倍になっただけ。どうでもいいけど機関室って重たいレバー操作が多い重労働な部署なんだからがっちり体型の者のほうが良いのでは?と思ったら機関室隣の操作室でコンピュータ操作をしてるだけって…。なんじゃそりゃ。ヤマトも人が動かす戦艦からコンピュータの動かす戦闘マシンになってしまったのか?真田さんは何を考えて、持論を曲げてまでヤマトをこんな非人間的な艦に改造してしまったんだ?

なんだかんだでヤマト発進。氷の中から発進というのはまぁ良いのだけれども、ここで軽快な編曲のアルフィー版「宇宙戦艦ヤマト」の歌というのは…。軽快な編曲自体は旧作においてもコスモタイガーの戦闘シーンで使われていたし、そういう場面でならアルフィーの高い声の軽い感じの歌でもありだと思うのだが、ヤマト発進という見せ場の一つで使うには力不足ではないかなぁ。余韻を感じる間もなく発進シーンも終わってしまうし。発進シーンって、私が思ってるほど重要視されていないのか?


ということで長くなったので次回に続く。


<20日追記>
1000円デーなのでもう一度見に行ってきた。ブルーノアからの艦載機発艦場面、確かにあった。初見時はデルタ翼がパカッと割れてそこから発艦なんていう変なギミックを脳が受けつかなかったらしい。
というか、あそこまで敵が接近している中であんな変なギミックを作動させるのは自殺行為以外の何物でもないだろう。

テーマ : 宇宙戦艦ヤマト
ジャンル : アニメ・コミック

事業仕分けに思う

民主党による事業仕分けなるものが終わたとのこと。この事業仕分けの結果についてノーベル賞科学者やオリンピック選手が異議を申し立てたりと、なかなか面白い状況があったりするが、私も少々思うところを書いてみたい。

まず、そもそも事業仕分けとは何なのか。
その事業が必要なのか、もし必要ならばそれを誰がやるのかを仕分けるものであるとされている。もともとは行政改革のためのものであり、歳出削減というのは副次的な効果であったようである。
しかるに今回民主党が行ったのはいささか異なるようである。誰がやるべきかという事業仕分けの後半部分についてはほとんど触れられていないように見えるばかりか、「その事業が重要なのはわかっている。そこに無駄がないかを問題にしているんだ!」というようなやり取りが象徴しているように、事業の必要性の有無にかかわらず無駄を削減する方向で進められていたように見える。これは事業の必要性の有無を仕分ける前半部分と似て非なるものであろう。おそらく今回の事業仕分けを見て、多くの国民は「事業仕分けとは無駄を切り捨てるだけのもの」と勘違いしているのではなかろうか。

さて、本来の意味においての事業仕分けであるならともかく、無駄の削減としての事業仕分けというのは好ましいとは思えない。極論すれば私は、重要であるとわかっている事業であるならばケチケチせず、多少の無駄には目をつぶってポンと金を出すべきであると思っている。

そもそも無駄というのは削減しなければならないものなのであろうか。あるアメリカの大企業では、あえて仕事をしない部署を置いているという話を聞いたことがある。仕事をしない部署・社員というのは企業にとって無駄とも言えよう。しかしその無駄を許容してこそ柔軟性が確保され、新たな価値を生み出す原動力となり得るというのがその企業が仕事をしない部署を置く理由だという。「無駄」の一言ですぐに切り捨ててしまうのは未来の可能性の一つを切り捨てることになりかねない。そうならないとだれが断言できるだろうか。
また、事業仕分けとは多少離れてしまうが、いわゆる「埋蔵金」。これも一見無駄に見えるわけではあるが、機械に例えるならば、この埋蔵金というのは「遊び」に相当する。現代の工作精度なら隙間なくきっちり部品を組み合わせることが可能であるのに、遊びなどという無駄な空間を作るのは、遊びがなければ人間のごくわずかな動きが機械の極端な動きにつながって事故につながるなどの理由があるからである。このように考えてもやはり無駄は柔軟性の確保と関連付けることができる。
もちろん多すぎる無駄は削減しなければならないが、無駄であれば何でもかんでも削減するというのでは、将来の発展の芽を摘むことになりかねないうえ、場合によってはより有害な結果を生み出すことすらあるかもしれない。
こういった意味において、重要であることが分かっている事業の無駄を探そうという今回の仕分け人の姿勢は間違いであると感じている。重要な事業であればこそある程度の無駄を許容すべきではなかったか?

しかし限られた予算を配分する以上、そう気前よく各所に金を出せるわけではないのだから、無駄は切り捨てなければならないという意見も当然出てくるだろう。もちろん予算の都合上廃止や縮小をしなければならない事業はあるだろう。しかしその廃止・縮小の理由はどうあるべきなのであろうか。
ごく当たり前に考えれば、それは、優先順位の高低であり、無駄かどうかではない。「こっちの分野に優先的に予算を配分するためにあっちの予算は削減する。たとえ無駄がなくとも優先順位の少ない分野であるなら廃止・縮小もやむを得ない。」というのが当たり前。しかし今回の事業仕分けでは無駄かどうかにばかり注目して、どういう優先順位なのかが見えてこないという印象がある。
そもそも政権交代とは政策の優先順位の変更=予算配分の変更を伴わなければ意味がない。どれだけ無駄を削ったかではなく、どういう優先順位で予算を配分したかという点こそ国民にアピールすべきであるし、またそれこそが国民に対する責任であろう。今回の事業仕分けは、はっきり言って、優先順位を決められないことを無駄削減という国民受けの良さそうな言葉でごまかそうとしているようにしか見えない。
また、廃止するにしても、その事業に携わってきた人たちに対し、ねぎらいの言葉とともに「あの分野を優先して進めるためにこっちには予算を回すことができない。お国のためだ。ここは我慢してもらえないだろうか。」と頼むのが筋というもの。相手の面子などを完全に無視して「無駄」という全否定の一言で切って捨てるようなことをする者の人間性を疑う。そんな自分を全否定するような者に従おうなんて気になる者がどれだけいるであろうか。公務員をいかに働かせるかを考えねばならないのに離反させようとしているかのごときやり方は政治的にもうまい手とは言えないだろう。相手の面子を立て、「お国のため」という事業を諦める大義名分を与え、うまく公務員を操縦するという発想は「官僚制打破」を錦の御旗としている民主党では出てこないのだろう。

事業仕分けというのは政治ショーとしては面白いので、今後も(政権が変わったとしても)公開が続けられるのだろうが、第一回目の今回が誤った発想のもとで行われ国民に誤った印象を植え付けたという点で民主党の罪は重いように思う。

テーマ : 民主党・鳩山政権
ジャンル : 政治・経済

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