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日野光治

Author:日野光治
馬鹿と煙は高い所に登る。
しかし高い所に登らなきゃ見えない景色もある。
政治だって『庶民の目線』なんてのがもてはやされてるけど、そういう低い位置からだけしか見ていなければ道を誤る。
ということで、馬鹿は馬鹿なりに今日も好き勝手に政治放談したり山歩きをしてみたりと、気ままに生きてます。

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貼ってはがせるテープ

ちょっと仮止めに使うテープが必要になったので文具店に買いに行った。
あくまでも仮止めであり、テープの跡が後に残っては困るので、はがれやすいタイプのテープが欲しかったのだ。

文具店につくとすぐに店員が「何をお探しですか」と声をかけてくる。どうやら暇を持て余していたようだ。

それで「貼った後はがしやすいテープが欲しいんだけど」というと、すぐに「それならこの商品になりますね」と出てきた。その名もズバリ『はってはがせるテープ』。少々値段が高いが、そこは仕方がないとあきらめて購入。

早速使用してみたのだが…。

確かに弱粘着だから簡単にはがれた。しかし、はがした後に糊が残っているのである。テープがはがれても糊が残っているのでは、その糊が汚れを吸着して、テープをはがさなかった時よりもひどい状態になりかねない。これでは全く意味がないのだ。普通のセロテープよりはるかに高い金を払って買ったものがこんなのでは、いったい何のために金を払ったのかわからない。

メーカーのサイトでその商品の情報を見ると『ほとんどのり残りもありません』と書かれているのだが、私にとっては許容限度をかなり超えた糊残りをしているのである。それとも私の買ったものがたまたま不良品だったとでもいうのだろうか。

このテープを買いに行くのに使った時間とテープの代金を返還してほしいくらいである。
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間違いだらけ(?)の喇叭練習

喇叭を入手して一週間。ちょっと行き詰っている。

まず、唇の形が合わないのか、なかなか安定して音が鳴らなかった。マウスピースだけでブーブー鳴らして練習するのだが、それもなかなか安定しない。
さんざん悩んだ挙句、思いついた。「そういえば法螺貝って口の真ん中では吹かないよなぁ(法螺貝吹いたことないけど)」と。
それでマウスピースをあてる位置を横に少しずらしてみた。成功!。真ん中で吹こうとしていた時と比べて音が出しやすくなった。
正しい吹き方ではないけれど、別に私は趣味でやっているのにすぎないのだから音が出ればそれでいい。

音は出るようになったが、何か違う。音が澄んでいないというのか、とにかくレコードとかで聴く喇叭の音にはなっていない。どうしたらよいかわからず悩んでいたのだが、ひょんなことからこれも解決。
喇叭に付属のマウスピースは金属製。この時期だと唇にあてたときのひやっとした感じが気になる。ということで、とりあえずヤマハの練習用の樹脂製マウスピースを購入。喇叭というとねじ込み式のマウスピースが一般的だが、普通のマウスピースが使えるストレートタイプの喇叭だったのが幸いした。
この樹脂製マウスピースに変えたら、今までの音の濁りがかなり軽減した。材質による違いということも考えられるが、おそらく喇叭付属のマウスピースよりもカップの径が小さいことにより、唇の余分な振動=ノイズが抑えられたのではなかろうか。いつまでも練習用マウスピースというわけにもいかないだろうから、ちゃんと吹けるようになったらこれに準じたサイズのマウスピースを購入しようと思う。
喇叭の使用目的から考えれば、本来は与えられたもので吹けるようにならなければいけないのだろうが、何度も言うが趣味で吹くだけなんだから、邪道ではあってもマウスピースを変えて音が出るならそれに越したことはない。

音は出るようになったが、まだ音程を変えるところまでいかない。現在は2音くらいしか出せない。まともに曲を吹こうと思えば5音出せるようにならなければ…。しかしどうやったらそこまでの音を出せるのかわからない。「トテチテタ」の口の形で音を変えるというが、口の形を変えれば鳴らなくなってしまうし、音が鳴る範囲で口の形を変えても音程は変わらない。とにかく練習あるのみなのか?
あっ、唇の真ん中で吹いてないから音程が変わりにくいなんてこともあるのかな?でも法螺貝は真ん中で吹いてないけど音程は変わるよなぁ。

音が出せるようになったことでミュートの必要が出てくる。とりあえずトランペット用の練習用ミュートを購入。
・・・サイズが合わなかった。ミュートのほうが細すぎてはまらない。仕方がないから家にあったコルクテープをミュートに重ね張りして、はまるように調整。
ミュートは使えるようになったのだが、ミュートをはめたら鳴りにくくなった。やはり管の中の空気の流れが変わると唇の振動にも影響するのだろうか。きちんとすべての音程が出せるようになって、曲の練習をする時ならミュートを使うのもよいかもしれないが、現状では邪魔なだけな気がする。しかし、はめないと音が大きすぎて音程練習だけであっても自宅での練習は困難になるし、はめると鳴らない。どうしたらいいんだろう?

日本の在り方を考えてみる

本日は旧暦元日。また先日11日は紀元節(建国記念日)。
一年を始めるにあたり、というのはいささか現代の時間感覚とはズレてしまうが、もともと神武天皇が正月に詔を発して国を始めたのが紀元節の由来。ということで、日本の進むべき方向性を改めて考えてみるのにちょうどよいのではなかろうか。

さて、自民党政権が終焉し、民主党政権が始まって約半年。民主党政権の問題点については様々な場所で論じられてきたし、このブログにおいてもいくつかの疑念を呈してきた。今年は参議院選挙があるわけだが、実に悩むところである。このまま民主党を勝たせてしまうのは日本の将来を考えると非常に不安が大きい半面、民主党が負けてまた衆参ねじれ状態になって国会が空転すれば、無駄な時間ばかり消費されかねない。今の日本にそんな無駄な時間を費やす余裕などあるまい。民主党を勝たせても負けさせてもダメ。詰んじゃってるよ…。クーデターでも起きて国会停止にでもしないことには事態は好転しないのではあるまいか。

まぁ、それはともかくとして、これからの日本の進むべき方向として一つ提言したい。
『環境保護はもうやめよう!』と。
いや、もちろん日本の在り方そのものについても(例えば御皇室の在り方や英霊の祀り方、国防・外交の在り方など)考えなければならないことは多数あるのだが、今回は環境問題を取り上げたい。

振り返ってみれば、環境保護運動なるものを行ってきて益があったことがあるだろうか。

たとえば『割り箸をやめよう運動』。割り箸を使うのをやめれば森林を保護できるというような論理でマイ箸持参がステイタスのような扱いをされた時期があった。しかし当時の割り箸は間伐材を用いて作られており、割り箸と森林保護には直接かかわりはなかった。そのことは当時から指摘されていたにもかかわらず運動は広がってしまった。
その結果どうなったか。日本の割り箸産業に打撃を与えたばかりか、間伐が十分に行われなくなったため森林の健全な育成が阻害された。しかもそういう状況になったころには割り箸をやめよう運動のブームは過ぎ去ってしまっているというお粗末さ。しかしブームが終わって割りばしの需要が増えたところで、日本の割り箸産業・林業が打撃を受けた後とあっては国内では需要を賄えない。で、代わりに中国からの輸入に頼ったわけだが、中国では間伐材を使ってチマチマ作るようなことはしない。儲けるためなら何のためらいもなくガンガン木を切り倒した。森林を保護しようとした運動が結果的に森林破壊の原因となってしまったわけである。しかも中国の乱伐に対する風当たりが強くなってくると中国は自らの節操のなさを棚に上げて日本非難をしてくる始末。森林保護の役に立たないばかりか国際問題も引き起こしてくれるとは…。

たとえばケナフ。木材原料の紙を使うのは森林破壊につながるからケナフ原料の紙に切り替えようという運動である。このケナフ、成長が早いことから木材パルプの代替が期待され、また二酸化炭素の吸収量が大きいことから温暖化対策としてももてはやされている。
しかし成長が早いというんはデメリットにもなりうる。無から有が生じるわけがない。成長が早いということはそれだけ地中の養分・ミネラルを急激に吸い上げているということに他ならない。実際、ケナフを育てた畑では、数年間ほかの作物の生育が悪くなるという事例を耳にしたことがある。自然界でほかの植物に交じって分散して生えている程度なら問題もなかろうが、製紙原料として大量に、密集して栽培を続ければ、後にはペンペン草すら生えない痩せた大地しか残らないなんてことになりかねない。ケナフ紙への切り替えは森林保護どころか砂漠化促進になりかねない。

このように、やっている本人は真剣に環境のことを考えているつもりなのかもしれないが実際には考えが甘すぎて逆効果なことというのはほかにもあるだろう。実際には環境破壊に加担しているにもかかわらず、「自分は環境に良いことをしてるんだ」と信じているのだから始末に負えない。本当に地球環境を守りたいのなら、こうした間違った環境保護はやめるべきだろう。


では環境に有害でない(笑)環境保護運動ならよいのか?
これについても私は懐疑的である。
温室効果ガスによる地球温暖化問題を考えてみよう。

この地球温暖化というものが本当に起きているかがまず疑わしい。都市付近の観測所ではヒートアイランド現象の影響を受けるし、http://www.asahi-net.or.jp/~rk7j-kndu/kisho/kisho49.htmlのように観測所周辺の整備が行き届かないために正確なデータを取れないなどということも起こっている。観測条件が変わってしまっているのに、ろくな補正もしないで結論など出せるわけがない。だから温暖化自体疑おうと思えば疑えるわけであるが、とりあえず温暖化はあるとしよう。
温暖化があるとして、それを止めるため二酸化炭素排出量を削減しようという試みに意味はあるのだろうか。

削減といったところで、膨大な人口の国が二酸化炭素排出に加わるのである。日本からの技術などを導入して一人当たりの排出量が低く抑えられたとしても人口ゆえに総排出量は膨大なものになる。つまりどう考えても二酸化炭素の総量をこれ以上増やさないことができればよい方で、とても産業革命以前の二酸化炭素量まで減らせるわけがない。それでは温暖化は止まるまい。「これ以上増やさないことに意義がある」なんて自己満足で環境問題を論じられては困るのだ。

どうあっても二酸化炭素の総量が減らせないとして、それはどの程度の問題なのであろうか。
「このまま温暖化が進むと…」という言い方をよく耳にするが、その前提条件がすでに間違っている。温暖化は何もしなくても一定のところで止まるはずである。
非常に単純に言えば、気温が高くなればそれだけ海面・湖沼・河川からの水の蒸発量が増える→水の蒸発量が増えれば雲も大量に発生する→雲が空を覆えば太陽光線のうち雲に反射される割合が増え、逆に地表に到達して空気を暖める太陽光線の割合は減る→温暖化にブレーキがかかるということである。何度の気温上昇で温暖化が止まるかについては、まだ調べねばならないことが多くあるだろうが、二桁には届かないのではないか?
とにかく気温が上昇し続けるなんてことはないし、南極の氷が全部溶けて海面が上昇するなんてこともあり得ない。こんなことは温暖化否定論者の論文を読むまでもなくわかる単純な理屈であろう。
ただ、地球の平均気温が上昇すれば、空気や潮の流れが変わり気候変動は起きるだろう。現在の穀倉地帯が少雨化したりするというのはありうるだろう。しかしそうした気候変動も、一年でがらっと環境が変わるというような急激なものではあるまい。振り子の振り幅がだんだん大きくなるような感じで、だんだん変化していくといった形になるはずである。であるならば灌漑設備の充実で対処できる部分もあるし、その間に新たに十分な降雨を見込めるようになった地域の農地開発を進めることもできよう。
雲が増えることによって降雨量が増え、水害や土砂災害も起こりやすくなるとはいえ、それも治山・治水を適切に行っていけば克服できる問題である。

つまり温暖化したとしても、それに応じた対処をすればよいというだけのことなのだ。

今の日本がとるべき道は、二酸化炭素排出量25%削減なんて無理な目標を掲げて国民に負担を強いた挙句、結局その目標を達成できなくて国際的評価を下げることではなく、温暖化を回避不能と認めて温暖化後の地球で生き残るための技術開発に全力をつぎ込むことである。

二酸化炭素排出量25%削減というのは「すべての主要国の参加による意欲的な目標の合意が、わが国の国際社会への約束の前提となる」という留保がつけてある。中国その他が消極的でとても意欲的な目標を立てているとは言えない状況下、25%削減に取り組む前であれば、まだこの目標を撤回できる。しかしもし取り組みを始めてしまったら、それは中国その他の消極的な目標を「意欲的な目標」と認めたと解釈され、日本の25%削減というのが国際公約となってしまう。そんな公約に縛られて無駄な労力と出費を強いられ、温暖化後に向けた技術開発が遅れるのは、日本の国益に反するどころか地球の未来にとっても有害である。

手遅れになる前に温暖化防止から、温暖化との共存に方針転換しなければならない。
それを妨げるものであるならば、一見無害な環境保護運動でも排除されるべきだろう。

もう一度言う。「環境保護はもうやめよう!」

テーマ : 日本が目指したい理想
ジャンル : 政治・経済

喇叭 買っちゃった

喇叭を買ってしまった。信号ラッパと呼ばれる種類のやつである。
金管楽器など今まで触ったこともないんだが、つい欲しくなってしまったのである。

買ったのはヤマトのイーグルモデル。
maxtoneは七千円台からあるものの、あまり評判は良くないみたいだからまず除外。やはりまともなものを買おうとするとmaxtoneの4倍くらいの値段は覚悟しないとならないようである。
下倉とヤマトどちらにするか悩んだが(もうちょっと安いホルストも検討したが、やはり国産のにしておいた)、性能上大差あるまいということで、刻印のかっこいいヤマトのイーグルモデルに決めた。

さて、早速吹いてみるが、やはり金管楽器に触れるのが初めてというのでは、安定して音を出すところまでいかない。まだ、何かの拍子に音が出ることがあるという程度。まずは安定して音が出せるように練習しなくては。
軍歌オフなどで喇叭を披露できるようになるまでどのくらいかかるだろう。

まだ音がしっかり出せない今は良いとして、音が出るようになったら練習、どうしよう。自宅で練習するには音が大きいだろうし、ミュートとか使えばよいのかな?



蛇足

この時期に信号ラッパを買ったことで誤解されるのも何なので、言っておくが、私はもともと軍歌の人で、喇叭にも関心があったのであり、アニメ『ソ・ラ・ノ・ヲ・ト』を見て関心を持った俄か者とはちょっと違うのである。
というか、ソラヲトを見て買うのだったらヤマトのは買わないだろう。ソラヲトの信号ラッパのメーカーは特定できない(maxtone説が有力か?)が、少なくともヤマトだけはマウスピースの部分の形状が違う。まさかイーグルモデルの刻印は鷲ではなくコノハズクだなんて脳内変換してるわけでもあるまい(まさか羽のある悪魔のほうか?)。
こんな事を書くから余計にソラヲトがきっかけと誤解されるのですか、そうですか。
ソラヲト

サクラ大戦帝都ライブショウ観劇決定

3月6日に開催される帝都ライブのチケット当選。
改めて言うまでもないことではあるが、当然A席。
さてどんな舞台になるか。あまり期待しないようにしつつ待とう。

舞台そのものよりも同日に行われるであろうオフ会のほうが楽しみだったりするのはファンとしてどうなんだろう。


サクラ大戦といえば、ネットコミュニティーとして公式を名乗るサークルで、ここしばらく発言数が増えている。ここまで発言数が増えたことは過去においてもそう多くはなかったように思う。問題はこの発言数増大がいつまで続くかであろう。
おそらく帝都ライブまではこの状態が続くだろうが、その後がどうなるか。現在のようにごく少数の者が発言数を増やしている状況では、過去の事例と同様、息切れして長くは続かないだろう。だからと言って積極的に支援するつもりはない。私にとって公式を名乗るサークルというのはサクラ大戦衰退の原因のひとつなのだから支援する義理はない。過疎ってつぶれたところで、今更困ることもない。

しかしこれまでのように年に数回程度、ネタを放り込んで反応を見るくらいのことはする予定。旧本家BBSとサークルでは文化というか気風が違うため本家住人はサークルにいつけなかったわけであるが、サークルのほうに新たに増えた住人達はどんな具合であろうか。私のネタが受け入れられるのか、従来のサークル住人同様受け入れないのか。まぁ私のネタが受け入れられる土壌ができつつあったところで、本家住人がサークルの方に復帰するなんてことはありそうにないのだが…。とりあえずは2月中に一つスレッドを立ててやるとしよう。

ランチでクレジットカード?

昼飯を食おうと、とある飲食店に入った。
まぁ、食事自体は値段以上の満足感があったのであるが、いざ会計という時に少々不快な思いをした。
いや、別に店員が悪かったわけではない。
私の前に会計をしている客が、クレジットカードで支払いをしていたのだ。

もちろんその店はクレジットカード払いOKの店なのだから、理屈の上ではクレジットカードで支払っても何の問題もない。しかしランチでカード払いというのはどうなんだろう。

その店はリーズナブルな店。サイドメニューやドリンクを含めたとしても大した金額にはなるまい。実際そのクレジットカード野郎の支払いも670円であった。たった670円の支払いのために、カードの信用情報照会・売上表の印字・売上表へのサインと手間と時間をかけるなんてことは、私は割に合わないと思うからやらないのであるが、それはともかく、昼時の忙しい時間帯にカード払いで会計に時間をかけ、ほかの客の邪魔をするというのはどういう了見であろうか。
しかも店員のほうもおそらくアルバイトかパートの店員(ランチタイムメインの勤務なのかも)で、ランチタイムの少額の支払いにカード払いをするような輩がいるなどとは想定していなかったようで、機械の操作に手間取っている。

何度も言うが、忙しい昼時である。私自身も次の予定の時間が迫ってきていた。そんな中クレジットカード野郎のたった670円の支払いのために5分近く待たされることになったのだ。
ランチはランチでも3000円くらいの料理を優雅に楽しむような店ならカード払いも良いだろう。そういう店で食事する人なら、前の客がカード払いで多少時間がかかったとしても、それを待つだけの十分な時間的余裕があるだろうから。しかし、街中で周囲の会社から短い昼休みを使って昼飯を食いに来るような店でそんなのんびりとカード払いなどされるのは甚だ迷惑である。まったく、空気読めよ!!

この私の考え、どこか間違っているだろうか?


========== 追記 ==========

脊髄反射的な反論を書き込む人が多くて辟易しているので追記。

コメントする前にコメント欄も通読し、本文と合わせて私が何を主張しているのかを理解した上で書き込むように。
義務の話をしているところに権利の話を持ってこられても議論がかみ合わない。かみ合わない議論を続けるほど余裕のある生活をしているわけではないもので。まぁ、コメントしている個人個人は議論を続けているとは思っていないのはわかるが、コメントに対する返信をしている私にとっては同じことを何回も繰り返し説明させられ、ひどく迷惑である。

私は他の人のブログ等にコメントを残す場合、本文だけでなくコメントやそれに対する返信にも目を通したうえで書き込みをしている。相手に何回も同じことを説明させるのは失礼だと思うからだ。
その程度の配慮を示すことすらせず、「コメントが禁じられているわけではないのだから自由にコメントをする権利がある」などとほざく礼儀知らずな輩には用はない。早々にお引き取り願いたい。

ただ、たとえ私の考え方に真っ向から反対する意見であっても礼儀にかなったコメントは大歓迎である。有意義な議論を楽しもうではないか。(読解力のない連中のためにつけ加えると、敬語を使って書き込んだからといって、それだけでは礼儀にかなっているとは言わないからね)

もう一度繰り返す。コメントする前にコメント欄も通読せよ。

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