FC2カウンター
プロフィール

日野光治

Author:日野光治
馬鹿と煙は高い所に登る。
しかし高い所に登らなきゃ見えない景色もある。
政治だって『庶民の目線』なんてのがもてはやされてるけど、そういう低い位置からだけしか見ていなければ道を誤る。
ということで、馬鹿は馬鹿なりに今日も好き勝手に政治放談したり山歩きをしてみたりと、気ままに生きてます。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
最新トラックバック
月別アーカイブ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

第1混成団の第15旅団昇格に思う

沖縄の陸上自衛隊第1混成団が26日、第15旅団に昇格した。
中国の軍備増強などを意識した南西諸島の防衛力強化に伴う旅団昇格とのことで、めでたいことである。

自衛隊がらみでは、「同盟というのは信頼してくれという言葉だけで維持できるものではない」というごく当たり前のことを言った一佐に対し「全軍の指揮官を揶揄する発言」と決めつけて処分を取りざたしたり、その一佐を擁護した三佐を「意見を言う際の正当な手続きを踏んでいない」という難癖をつけて処分したりと、器の小ささばかりが目立っていた民主党政権であるが、この沖縄の部隊の旅団昇格はとりあえずは評価できる。

いや、確かにこの旅団昇格自体は自民党政権下で決まったことではある。しかし、今までの民主党政権のやり口を見る限りでは、なんだかんだ理由をつけて計画をひっくり返したとしてもおかしくはなかっただろう。とくに中国に対する遠慮や、防衛予算の削減、隊員の充足率など、いくらでも足を引っ張る要件があるのにもかかわらず、よく計画をすすめてくれたものである。
この流れで、前政権が決定した与那国島への沿岸監視隊の駐留まで進めてもらえるのなら、なおのこと良いだろう。


ただ、字面で見る限りでは確かに増強ではあるのだが、南西諸島防衛に十分な兵力とは到底言えないだろう。
旅団と名は付いているものの、一般的な旅団が3個連隊編成なのに1個連隊しか持っていない。
また、島嶼防衛には役に立たない戦車隊や特科隊(砲兵)がいないのは仕方がないにせよ、その戦車隊・特科隊の代わりの兵力は高射隊の増強。第1混成団時代になかった偵察隊や化学防護隊が新設されてはいるものの、偵察隊などはどこの旅団でも持っていて当たり前の部隊であり、むしろ混成団時代、偵察隊もなしにいったいどうやって南西諸島の防衛をしようとしていたのか不思議に思うくらいである。
第1混成団時代から引き継いだものとはいえ、この編成・配置を見る限りでは南西諸島防衛のための部隊というより、沖縄本島(というかそこに駐留する米軍)を防衛する部隊にしか見えない。

さらに、この部隊の担当範囲は非常に広い。この広い担当地域をカバーするためには空中機動力が重要だが、持っているのはほかの旅団と同じく1個飛行隊。とても足りているとはいえないだろう。
とてもではないが、離島型旅団などといえるものではない。

ないものねだりを承知でいえば、最低でも、もう1個連隊・1個飛行隊を編入し、石垣あたりに駐屯させなければ、南西諸島の防衛には全くの不十分だろう。副次的な任務として行っている「離島からの緊急患者空輸」任務にしても、飛行隊が沖縄本島にしかいないのと、八重山列島内にも飛行隊があるのとでは大違いだろう。


こう見てくると、今回の旅団昇格を民主党政権が認めたのは、国防にも責任を持ってあたっているという言い訳として利用しようとしたのに過ぎないのではないかと思えてくる。
もちろん1個連隊・1個飛行隊の増設なんて言う大幅な編制替えをするためにはかなり時間もかかるし予算もかなりかかるだろうから、すぐには対応できないだろう。しかし、言い訳として小規模の増強でお茶を濁してよい問題ではない。
むしろ、この程度の増強で恩を売られて、何か別の面で妥協させられたりしたら、それこそ一大事である。

民主党政権にしろ、別の政党が政権を奪取するにせよ、国土と国民を守るためにはどうすべきか真剣に考えていただきたいものである。
スポンサーサイト

テーマ : 軍事・平和
ジャンル : 政治・経済

3月23日は…

♪季節はめぐり またひとつ歳をとった

って、歌なんか歌えるかっ!!

(ノ#`□´)ノ彡┻━┻・..。;・' ガシャッ!!!

ということで本日は私の誕生日。
この年になると、また一つ年をとるというのは憂鬱だねぇ。「うれしい気分」になることはまずないし「恋する気配」も全くない。これが80とか90歳くらいにまでなればまた誕生日を迎えられたことがうれしく感じられるのかもしれないが…。


と、サクラ大戦ネタだかなんだかよくわからないことを書いている時点で、私の精神は相当不安定になってる事を示しているんだろううねぇ。

東京での桜開花宣言をうけて

いよいよ桜の季節である。東京も開花宣言が出た。
通常一週間ほどで満開になるが、明日から気温が低めの日も幾日かあるようなのでもう少しかかるだろう。来週では満開になっていないとして再来週ではぎりぎりかな?

個人的には再来週の4月3日に、ぎりぎりでもよいから満開状態が続いてほしい。気温が低めの日が続いてくれないかなぁ。

4月3日には隅田川で『着物園遊会』もあれば、靖國神社で『桜の下で同期の桜を歌う会 』もある。どっちに行こう?
まぁ、どっちにしても一度上野公園でぶらりと桜見物をしながらの散歩をしてからかな。
いや、小石川後楽園で桜の下にあるベンチでボーッとしてるのも好きなんだけれどもね。小石川後楽園は陸軍砲兵工廠跡地でもあるし。でもいくつもの桜の名所をはしごするほどの時間はないだろうなぁ。

和服は趣味として着てるわけじゃないので和服友達ってのはいないから、着物園遊会に行っても、着物スタンプラリーに参加するぐらいしかないからなぁ。
十分な時間があれば水上バスで川岸の桜を眺めながら川下りと洒落込むこともできるのだが(さすがに屋形船に乗るってのは無理だけど)、川下りをしちゃうと、スタンプラリー参加者のお楽しみ抽選会に間に合わなくなってしまうし。

やはり靖國神社のほうが楽しめるかなぁ。



軍歌といえば、私の喇叭練習であるが、あまり大きな進歩はない。
とりあえず4音出せるようにはなったものの、安定して出せるというところまではいっていないし、狙った音を一発で出せるところまで行っていない。軍歌イベント時までに何とかなれば、イベント終了後あたりに軍歌カラオケオフでも企画して喇叭披露までできるかも、などと考えていたのだが、4月3日までに何とかするってのは無理そう。夏までには何とかしたいなぁ。

しかし喇叭のマウスピースについて分からなくなってきた。
以前の記事でふれたように、喇叭付属のマウスピースよりも、カップの小さいマウスピースのほうが音がきれいに出せるのだが、カップの大きい付属マウスピースのほうが音程は変えやすい。
音程の変えやすい付属マウスピースでノイズが入らない吹き方を練習するのと、音がきれいに出せるカップの小さいマウスピースで音程を変える練習をするのと、どっちで練習した方が上達するのだろう。

まぁ、その二つの間のサイズのマウスピースを買うっていう手もあるものの、何日も吹き比べて傾向がわかってきたという程度の初心者の私には、楽器屋に行って数度の試し吹きで自分に合ったサイズのマウスピースを見つける自信はない。喇叭手の皆さんは付属マウスピースを使ってるんだろうけど、トランペット吹きの人たちって、どうやって自分に合うマウスピースを見つけてるんだろう。

サクラジヲについてなど

サクラ大戦のwebラジオ「サクラジヲ」18日更新分に広井王子氏が登場するということで、久し振りに聞いてみた。


さて、じつは私はほとんどこのサクラジヲを聞いていなかった。

そもそもネーミング自体が胡散臭い。私はラジオの旧表記はラヂオが正しい思っているし、事実ネット検索してみればラヂオが大多数を占め、大分引き離された後に続くのがラヂヲ、ラジヲはそれより少ない。サクラジヲがなければもっと差が広がったんじゃなかろうか。
なんとなく昔っぽく見えればそれで良いという程度の意識で作られたものを面白いと感じる感性は、私は持っていない。そういう観点から、ネーミングだけですでに聞く気が失せたものである。

それでも第0回といったか、とにかく最初のは聞いたのであるが、これを聞いて、以後聞く気がほとんどなくなったのである。

昔、96年10月より放送された「サクラ大戦 有楽町帝撃通信局」は毎週欠かさず聞いていた。それこそ、電波状態のよい場所までラジオを持って移動してまで聞いたものである。
この番組は、太正世界における本邦初のラジオ局という設定で放送され、ラジオパーソナリティーも、あくまでも藤枝あやめ帝劇副支配人であって折笠さんではなかった。
放送している側だけでなく聴いている方も太正帝都市民として聴くという遊び心があったような気がする。

それに対してサクラジヲはどうだろう。両隊長という呼び方をしたところで、パーソナリティーは大神・大河ではなく、陶山・菅沼両氏なのである。『甲板通信局』なんて言う『有楽町帝撃通信局』を意識した副題を付けたばかりに、その落差が際立ってしまったという面も少なからずあったと思うが、なんにせよ声優に対する関心の薄い私にとっては全く面白みのない番組に感じられたわけである。

というか、このサクラジヲにせよ、ショウのDVDには必ず付いてくる花組カメラにせよ、なんでそこまで声優ファン寄りの企画にしちゃってるんだろう。サクラファンをすべて声優ファンだとでも思っているんだろうか。ファンを馬鹿にした話である。

サクラジヲで何か新しい情報が告知されることがあるとしても、その情報は公式サイトなど別の場所でも告知されるはずであり、無理して聞くこともないというのが正直なところであった。

だからそのサクラジヲが終了すると聞いても何の感慨もわかないのである。今回の放送中で「一時の中断で再開するつもりがある」というようなことを言っていたようだが、今回の甲板通信局と同様のものであるならば再開されたとしても、多分私は聞かないと思う。



そんな私が久々にサクラジヲを聞いてみたのは広井王子氏がゲストだから。
とはいっても他の方々のように「広井氏が今後の展望について何か語ってくれるのではないか」なんて期待してのことではない。むしろ「アンタいったいどの面下げて公の場に出てきてんの?」という負の好奇心から聞いたようなものである。

で、聞いてみての感想。「無難にまとめられてよかったね(笑)」。以上。

巷では広井王子氏のことをサクラ大戦の生みの親としてことさら特別視する傾向があるが、特別視すべきは育ての親のほうだと思う。

サターン版からサクラに接してきたものとして私見を述べるならば、サクラ大戦を育て上げたのは入交昭一郎セガ社長(サターン版『1』のときは副社長だっけ?)である。

製作総指揮・プロデューサー代表として入交氏が広井氏の上にいて、広井氏の才能をうまく引き出していたころは確かに売れる作品が作られていた。

しかしドリキャスの販売不振の責任をとって入交氏がセガを去った後、広井氏の暴走が始まると、とたんに批判的な意見が急増するような作品が出されるようになってしまったのである。

それでも最初のうちは、どんなきつい批判意見が寄せられようと、ゲームはそれなりの本数が売れ、ショウにもそこそこの観客が来ていたのだから「ごく一部のファンが難癖をつけているだけ。多くのファンは喜んでくれている」と強弁することもできただろう。たとえ実態が、予約特典目当てで一人で何本もゲームを買ったり、全日昼・夜全公演を観劇する何ていう特殊といってもよいファンが買い支えているだけだったとしてもである。

しかし、セガの都合で、そうした批判意見を寄せつつも作品を購入し続けてくれていた、根っからのサクラファンが本家もろとも切り捨てられてしまったとき、セガの販売戦略のまずさが累積していたこともあって、もはや言い訳が通用する状況ではなくなってしまったわけである。

もし入交体制が続いていれば、しっかり広井氏の手綱を握って、良質の作品が供給されていたはずだし、新旧のファンの溝を作るような杜撰な販売戦略は立てなかっただろうから、ファン同士の絆をもとにサクラ大戦自体を盛り上げていけたはずなのに…。

まぁ、それはともかく、広井氏にも、自分の暴走した結果がファンに受け入れられていない現実が突きつけられているわけだが、『1』が成功しすぎたおかげで自分をヒットメーカーだと思っている広井氏にとっては、自分のせいで失敗したなどと認めることはプライドが許さなかったのだろう。
私から見れば、そんな状況に際し、もっともらしい理屈をつけて逃げたようにしか見えないのである。

10年なり15年なりたってからまたショウをやる? 何年たっても広井氏の感性そのままでは客に受け入れられないんじゃないかなぁ。
というか、ゲーム本編がどうにかなっていない限りはショウどころじゃないだろう。ゲーム本編をどうするつもりなのかも示さずショウの話をしている時点で、本気で考えているとは到底思えない。
いい加減、実現するつもりのない与太話でファンを期待させるのはやめたらどうだろうか。ファンの方もいい加減、広井氏の話を真に受けるのはやめようよ。

とにかくサクラ大戦をどうにかしたいのだったら、広井氏にはこのまま第一線は退いてもらって、サクラ大戦に思い入れのある若手を中心にプロジェクトを進めるべきだろう。まぁ、ここ数回のショウを見る限りでは、ライブショウはできても芝居の脚本をかける人材というのがいるのかは疑わしいが、それはそれで良いのではなかろうか。
もともと帝国歌劇団の芝居と広井氏がやりたかったであろう大衆演芸とは違ったわけであるし、そんな広井氏に呼ばれた茅野氏も本来の帝国歌劇団の芝居を再現していたとは言い難い。スーパー歌謡ショウのことを「花組公演」ではなく「大星花之丞一座公演」と呼んでいたのは私だけではあるまい。

そうである以上、無理して芝居をやろうとして花組のイメージを崩すくらいなら歌曲中心のライブショウで良いではないか。歌謡ショウも最初の二つは歌曲中心の構成だったわけだし。
イメージを崩さず舞台化できる人が見つかったら、その時は芝居をやってもいいけど。



まぁ、なんにしてもサクラジヲなんか聴いたせいで、本当にもうがっかりである。

記念硬貨の思い出

地方自治法施行60周年記念1000円銀貨が発行されるらしい。都道府県ごとに発行するそうだから47種類作るのか?
なんかすごい無駄のような気がする。わざわざそんな手間をかける価値が本当にあるのだろうか。どうせ人気が出るのは47種類のうちのごくわずかだけだろう。必要な予算まで『無駄』と言い切って削減してきた民主党政権が、よくこんな無駄なことを許可したものである。

まぁ欲しい人が買うのを止める必要もなかろう。所詮は1000円銀貨。関心のない者の手に回ってくることもないだろうし、見かけることがなければ腹もたたんだろう。せいぜい高値で買い取って『無駄』と言われないように買い支えてくれ給え。


さて、記念硬貨であるが、さすがに今回の1000円銀貨やら、昔発行された10万円金貨などを支払いに使おうなんて人はまずいないだろう。
しかし、たびたび発行されてきた500円の記念硬貨。これが非常にうざったいのである。
いや、最近の記念500円硬貨は普通の500円硬貨と同じ材質同じ重量で作られているらしいから、まだましなのであるが、昔の記念500円硬貨(つくば博記念とか内閣100周年記念とか)というのが曲者である。

数年前の話であるが、あるコンビニで支払いに500円硬貨を出したら、なんか店員の様子がおかしい。で、よく見てみたらその私の出した500円硬貨は記念硬貨だったわけである。おそらく前日あたりに別のコンビニでもらった釣銭の中に交じっていたのだろう。

私 「あぁ、これは記念500円硬貨だねぇ」
店員「これって使えるんですか?」
私 「普通に使える硬貨だよ」
店員「そうなんですか…」

そう言いつつも受取をためらう店員。私も暇を持て余しているわけではなかったし、後ろに別の客の列もできている。仕方がないのでその記念500円硬貨をひっこめて千円札で支払いをして店を出た。
ひっこめたはいいが、別の店でも受け取り拒否にあったりすれば気分が悪いし、大きさ・重さが普通の500円硬貨と違うから自販機でも使えない。金融機関のの窓口に持っていけば普通の硬貨に変えてもらうことはできるだろうが、職場の近くに金融機関はなく、終業後では金融機関の窓口は閉まっている。ATMでは認識しなさそう。古銭屋に持っていっても値がつかない。
結局自宅の机の引き出しに放り込んでおく以外なくなってしまったのだ。

しかし、やりくりをしながら生活している者にとっては、たった500円とはいえ貴重なのである。欲しくもない記念硬貨を押しつけられたも同然であり、非常に不愉快であった。

だいたい、記念硬貨というのはわざわざ金融機関の窓口に行って購入しなければ手にすることのできないもののはず。欲しい人がわざわざそんな手間をかけて入手したものなのなら、なんでそれが市中に出てくるわけ?
それが使用されようとしたとき気付かない方が悪い? 冗談ではない。

記念硬貨を買う人に言いたい。
記念硬貨を買うんだったら、しっかり責任を持って保管しとけ!市中に出すんじゃない!!
それができないなら最初から記念硬貨など買うな!

鳩山邦夫氏、自民党を離党

鳩山(弟)氏が自民党を離党したそうな。
政策の傾向としては比較的私と共通点もありそうではある人なんだが、自民を出て何をしようって言うんだろう?

民主と合流することはまずあり得ないとして、今後どうしようというのであろうか。

邦夫氏の離党に続く者も多少はいるのだろうが、あくまでもそれは少数派だろうし、民主党から抜けて合流しようって人もそんなにいるとは思えない。どこか別の党と共闘するにしても、それでもやはり少数勢力にしかならないだろう。

確かに民主党が今のままの体制なら、夏の参院選において民主党が議席を減らす可能性は高いだろう。とはいっても今、自民党を出たところで、民主党の減らした分の議席を獲得できるのだろうか?
むしろ各個撃破され、邦夫氏のグループも自民党も共倒れになり、結果として民主党を利することにもなりかねない。いや、参院側に邦夫氏の同調者がいるのか知らんけど。



しかし邦夫氏ってのもなんとなく胡散臭さを感じちゃうんだよね。いや、言ってることは結構私の感性にあってるものがあったりもするんだけど、やっぱり鳩山家伝統の『友愛』とやらを基礎においてるってのがねぇ…。

邦夫氏は由紀夫氏について友愛を間違って理解しているというようなことを言っていたように思うが、友愛の理解の仕方の問題ではなく、鳩山家の友愛といった場合感じる、ある種のいかがわしさが問題なのだろう。
鳩山一郎といえば『友愛』団体フリーメイソンの初代グランドマスターである。フリーメイソンが陰謀をめぐらす結社なのかどうかはともかくとして、国家より同志を重視する傾向は見られるだろう。そもそも友愛というのは『同志愛』とほぼ同義なのだし。

そうすると、日本の国家を第一に考えるべき立場の人間が友愛を連呼するのは、日本よりも、どこの誰ともわからん人間との同志愛を優先すると連呼しているようにしか見えないわけである。もし邦夫氏が言っている通り由紀夫氏のほうの理解の仕方が間違っているのだとしたら、友愛を「博愛」と関連付けて考えている由紀夫氏のほうがまだ害が少ないかもしれない。いや、どっちにしても日本にとって有益ではないだろうけど。

でも胡散臭くとも、日本のために利用できる人材ではあるかもしれないと思っていたんだが、この離党により一気に役に立たなくなったように感じるのは私だけだろうか。

まぁ今後の動向を生温かく見守ることにしよう。

サクラ大戦帝都ライブに行ってきた

昨年の巴里ライブのときに発表された帝都ライブ。今日3月6日の一日限りの公演ということで行ってきた。

会場に向かう前に、公式を名乗るサークルのほうでネタにしてしまった『鬼王神社』に参拝。さすがにネタにしただけでそのままというのでは失礼だろう。ちなみにこの神社の境内には富士塚もあって、以前登った。ただここの富士塚は小さいので、頂上までは登れなさそう。無理すれば登れるのかな?今日は雨なので登らなかったけど。

会場に到着したのは10時少し前くらいだっただろうか。入口のところで友人と出会う。とりあえずともに物販列へ。
200人くらいの列だろうか。まぁ今までの例と同程度だろうか。
さて、私はグッズ購入をする気がないので、しばらくのちに列を離れる。グッズを買う気のなさそうな者が列に並んでいるような並んでいないような中途半端な位置にいるのはほかのファンにとっては目障りだろうから。
入口付近で待っていると次々と知り合いが来る。昨年の巴里ライブのときとは大違いである。しかし皆さん物販列へ。昔は物販列に並ぶつもりがなくても早めに来て交流をしようって人も少なからずいたのだが、やはり天気が良くないせいだろうか、物販に並ばない人の出足は鈍いようである。

そうこうしているうちに10時30分。物販列が動き出し、しばらくすると紙袋を持った人を見かけるように。先行販売は開場一時間前ってことだったけれどさらに一時間前倒ししたようである。しかし列の動きはやたらと鈍いように見える。巴里のときに引き続き今回も販売員の手際が悪いのだろうか。

公式を名乗るサークルのほうで告知されていた『集まろう』企画のほうにほんのちょっと顔を出したのち、グッズを買い終わった友人達と合流。
「厚生年金会館でのショウといえば氷柱だよね。今回も氷柱を置けばよかったのに。」
「この寒いのに?」
「でも風物詩だし」
「いやいや、その時代のことを知ってる人はだいぶ減ってるから。今並んでる人も知ってる人のほうが少ないんじゃないかなぁ。」
「じゃぁ昔の写真などのパネル展示も併設したらどうだろう」
なんてバカ話をしながら待つ。

そうこうしているうちに12時。先行販売終了。今までのショウでは物販列と入場列は別に作られていたのだが、今回は物販列がそのまま入場列に切り替えられた。まぁ、先行販売終了に間に合わなかった物販列の人が入場列に並びなおしというのでは、開演までにグッズを手に入れられるかわからないし、まぁ良い判断なんだろう。実際にはスタッフの手際が悪くて新たな列を作るところまで手が回らなかっただけなのかもしれないけど。

しばらくして男性出演者の握手まわりの時間になる。私は別に握手なんてどうでもいいのだが、今回一緒にいた友人は握手したい人なので、付き合いで私も整列することに。しかし今回は雨のため屋根のある場所に無理やり列を押し込めようとしたため、出演者がうまく通り抜けられなかったのだろうか,途中で時間切れとなり、握手からハイタッチに変更された。私は別にどっちでも関心はないのだが友人は残念そう。まぁそういうこともあるさ。

そして開場。開場したはずなのに列の進み方が異様に遅い。相当時間がたって建物の中に入って理由が分かった。いつもならホール入口の扉三つを開けて6列で入場していたのに、今回あいている扉は一つだけで2列のまま入場させているのだ。こりゃ時間がかかるはずだよ。私が入場するほんのちょっと前に二つ目の扉もあけられて4列で入場できるようにされたものの、いったい何を考えてるんだろう。後から聞いた話であるが「列が掃けるのを待って落ち着いてから入ろうと思っていたら全然列が掃けなくて、入場したら前説が始まっていた」なんて知り合いがいた。開演までに余裕を持って入場させるってのは基本じゃないのかねぇ…。本当に手際が悪くなったものである。

ショウの内容に関してはおおむね満足。歌曲中心の構成のため、変なキャラ改変・設定改変が行われず安心してみることができた。これで生オーケストラ復活とかであればさらに高評価だったろう。

しかし細かい点を言えば、たとえば「私の青空」って曲。「次はかえでさんの『私の青空』です」との紹介で歌い始め、終わったら特に説明もなく次の曲の紹介というのはどうなんだろう。
「私の青空」はかえでさんの曲ではなくあやめさんの曲である。あやめさんの曲であろうとかえでさんの曲だろうと折笠さんが歌うんだからといって、うやむやのうちに進めてしまうというのはファンの思いを軽視してはいないだろうか。
少なくとも私はサクラ大戦のショウを見たいのであって声優のショウを見に行っているわけではないので、その辺のけじめはきちんとつけてほしいと感じる。歌い終わった後に「あやめ姉さんの思い出の曲を歌わせていただきました」という一言があるだけでもだいぶ印象が変わったと思うんだけどなぁ…。

さらに言えば織姫の扱いである。今までの舞台においては織姫がいないながらもそれについて、たとえ一言であっても言及していたように記憶している。しかし今回はその一言さえ省かれて、織姫の存在が初めからなかったかのような作りになっている。しかも公式サイトやチラシでの出演者の表示が、以前は帝国歌劇団というくくりで花組メンバーと並べられていた折笠さんの名前が、今回は帝都花組というくくりに組み込まれている。冗談ではない。かえでさんは花組ではないし、ましてや織姫の代役でもない。この表記も織姫はずしのたくらみの一環にしか感じ取れなかった。
いくら大人の事情で織姫(岡本さん)の出演が絶望的であっても、それはあくまでも現実世界でのゴタゴタであり、舞台の中の架空の世界においてまでもその存在を消し去ろうというのは、ファンを馬鹿にした行為ではなかろうか。
たとえ織姫がこの場にいなくても心はつながっているのだという夢を見せるのが舞台ってものだろうに。

あと、すごく偏ったことを言えば、私は大神のことを「大事な娘たちにたかる悪い虫」としか認識していないし、さらに言えばサクラ大戦というのは大神の物語ではなく米田一基閣下の物語なのだから(実際『4』のラストシーンは米田閣下の物語の終結を表す演出になっている)、大神華撃団などというふざけた呼称には強い憤りを持っている。よって『大神華撃団』と高らかに歌い上げる『檄!帝~最終章~ 』をサクラ大戦の代表的歌曲であるかのように今回のライブに使用したのは非常に違和感が強い。
思い返してみれば、初期のころの歌謡ショウで「全国の大神中尉に敬礼!」とやっていたのが、「全国のサクラ大戦ファンに敬礼!」に変わったのも、私をはじめとする、おそらく複数の人が「私は大神を自分の分身だなんて思ったことはない!」と主張し続けた結果なのだと思っているのだが、そうした配慮ってものは今回のライブには引き継がれなかったのだろう。

まぁ不満点はあるものの、おおむね満足できるものであったショウも終了。
退場しようとしたら、グッズ販売をやっているのを見かける。昼公演観劇者をさっさと退場させなければ夜公演観劇者の入場に支障が出るだろうに、終演後のグッズ販売なんかやっていて大丈夫なのか?まぁやらなければやらないで「グッズを買えなかった!」なんて苦情が殺到したんだろうけど。

建物の外に出ると、いつもならロープを張って拡声器を持ったスタッフが退場者を敷地外へ誘導しているのだが、今回はきちんとした誘導が行われているように見えない。入場列の整理で手いっぱいだったのか?
まぁ、友人と合流できたので、ひとまず軽く食事をしに行く。
食事後厚生年金会館前に戻り、夜公演観劇予定の友人が入場列に並びに行くのを見送った後、サークルのほうのオフ会メンバーのもとへ。
今回も分家のほうで企画が持ち上がるかと思っていたのだが、皆さんお忙しいようで…。まぁ私がやるってこともできなくはなかったのだけれども、ほかに企画している人もいるかもしれないし、時間や企画内容がかぶったら悪いしなどと考えているうちに時間切れになっちゃった。
で、サークルのほうでも企画があるんだったら、そっちのほうに顔を出してみるのもまた一興、ってことで参加を申し込んでみたわけである。

参加者は4名ということでこじんまりとした開催であるが、サークルで企画されて、一応成立したオフ会ってこれが最初じゃなかったかな?私も数回、ほかの方々も数回、分家での企画にサークルメンバーを呼び込もうと、サークル上で告知したことはあったが、サークルからの参加者はなし。サークル独自のカラオケオフを企画した人もいたと記憶しているけど、あれって結局開催されたんだっけ?
まぁ、その登場によってそれまでのファン同士の絆をばらばらに引き裂いてサクラ大戦衰退の原因となった、そのサークルの中で、新たなファン同士のつながりを構築しようと頑張る人が出てきて、小規模ながらも努力の結果が芽吹いているのだから、今後どうなるか見守ることとしよう。いや、本当はサークル内のことは応援したくないのであるが、サークルが寂れた結果mixiなどに人が流れるのはもっと不愉快なので、仇ともいうべきサークルではあるが応援せざるをえまい。
とはいってもやはり分家優先。サークルは一応公式を名乗っている場なのだから、そこで問題が起これば他への影響も皆無ではありえない。たとえば、サクラ大戦ファンの評判を落としかねない企画に関しては、分家にも影響が及ばないとも限らない以上、ガンガン指摘すべきは指摘するし、その指摘を無視するようならその企画をつぶすことも躊躇するつもりはない。サークル以外で立てられた企画の場合、サークルで告知されていても手が回りきらないということはあるけど。

さて、カラオケであるが、ここ数年サクラ大戦歌曲を歌っていなかったせいか、思った通りの声が出せなくなっていた…。とくに『都の花ぞ』はサクラ大戦のカラオケオフでは必ず歌っていた、いわば持ち歌だったのだが、今回は全然だめだった。通信カラオケと『サクラ大戦太正歌謡カラオケ大全集』CDとの違いがあるとはいえ、ここまで声が出せなくなっているとは…。
今後またカラオケオフがあるときは事前に練習しておこう…。軍歌ならとりあえず元気良く、歯切れよく歌っていればそれっぽく聞こえるけど、サクラ大戦歌曲にはそういうごまかしは通用しないからねぇ。

そんなこんなで二時間のカラオケオフはあっという間に終わってしまう。

今後またショウのようなイベントがあるかどうかは分からないが、それ以外でオフ会をやることはできよう。少なくとも分家のほうではまだオフ会をやる意欲がありそうである。今後を期待したい。

サクラ大戦ファンに悪のススメ

(公式を名乗るサクラ大戦サークルについて)



西村「ボス…ボス!俺、悔しいです!…本家BBSの安全は俺たちが守ってきたのに!
   …サークルオーナーって、えらそうな顔してるけど、
   いざとなったらあいつら知らん顔するんですよ!」
ボス「俺たちファンは、お上のお目こぼしでかろうじてお天道様拝めてるんだ。
   そのお上がダメと言ったんじゃ……それまでよ。」
西村「ボス!!それでいいんですか?!ボスはそれで!」
ボス「…サークルも健全になっていいじゃねぇか。」
西村「健全なネットコミュニティーなんてあるんですか?…それ、面白いですか?」
ボス「……っ面白くねぇだろうなぁ!」


っていうのを地でいっていたように感じるのは私だけでしょうか。実際本家BBSの住人多くがあのサークルから去って行きました。本家住人を引き留めておくだけの面白さを提供できなかったということでしょう。

その面白さのキーワードは『悪』でしょう。公式を名乗るサークルには悪の成分が少なすぎるのです。
もっとも、ここでいう悪とは、一般的なイメージでの悪ではありません。日本史で悪党といった場合、それは悪事を働く人のことではなく権力機構の隷下にない者という程度の意味です。それと同様の使い方をしての『悪』です。歴史を紐解けば、数々の文化というのは権力に対する反骨精神=悪から生まれたといっても過言ではないでしょう。以下この文章内では悪をこの意味で用います。

ファンだからといって、作り手側のすべてを肯定しなければならないなどということはないでしょう。
思い返してみれば、本家BBSでは、作品に対する批判・不満が公然と語られる、悪の巣窟でもありました。しかも、そうした批判・不満を、ネタや考察という形で浄化し、BBSの繁栄ひいてはサクラ大戦繁栄のためのエネルギーとして活用していたともいえます。怨念エネルギーを浄化し都市繁栄のためのエネルギーとして活用していた八鬼門封魔陣を思い起こさせますなぁ。
その悪の文化(繁栄の方程式)をBBSごと葬り去ったのだから、サクラ大戦の活力が失われたのも当然といえば当然でしょう。

で、あのサークルですが、あそこでは作品に対する批判などまず聞きません。広井王子親衛隊のたまり場ともいうべきohji's cafeですら、サークルよりはるかに批判的意見が書き込まれていました。
つまりあのサークルは悪とは無縁の世界なわけです。しかしそれでは文化は育ちません。あのサークルの問題点は八鬼門封魔陣を構築できなかったことであり、そしてそれ以前に悪の絶対数を確保できなかったことではないでしょうか。

最近あのサークルも新しい人が増えてきて、活況を呈しています。その中でファン同士のつながりを構築しようと頑張っている人の姿は好意的にみることはできます。しかしその新しい人たちも悪党には見えません。このまま悪の成分のない状態なら、燃え尽きる前のろうそくの最後の煌めきになるのではないでしょうか。

いや、私はサークルに対して怨念を持っている人間なわけですから、サークルがつぶれたところで何の痛痒も感じませんが、サークルに引きずられてサクラ大戦自体まで沈むのは勘弁願いたい。いや、もうとっくに沈んでいるのかもしれませんが。

まぁ、私も悪の存在としてサークルに小さな波紋くらいは作ってきたし、これからもその程度のことはするかもしれませんが、それだけでは全然悪の成分が足りません。
サークルの皆さんにはもっと悪の精神を身につけていただきたい。特に新しい人たちには悪に染まってほしい。

とにかくサークルに面白さがもちこめる環境を願うばかりです。



以上転載終わり





杞憂に過ぎないだろうけれど、サクラ大戦ファンでここを覗く人が増えた時のことを考えて、公式を名乗るサークルに対する注文みたいなことを(別のところで)書いたので、一応こっちにも載せてておく。

というか、ここのブログはサクラ大戦がらみの話題って、それほど増えないと思うので、転載元など、別の場所に誘導して、そっちで交流できるようにしたいっていうのもある。まぁ、ここでもいいって言えばいいんだけれど、お客さんに合わせて話題を設定するなんてことはしないと思うので、わざわざここに来てもらうのは申し訳ないような気がする。去年の3月いっぱいまではサクラ大戦専用のサイトを運営していたんだけれどね。
蛇足的にくわえると、ブログはコミュニケーション手段としてはあまり評価していない。ブログが世に出てき始めた頃「簡易ホームページ」といった位置づけでブログというシステムが紹介されていたことがあるが、そのことからもわかるように、ブログというのは本来的に情報発信ツールであってコミュニケーションツールではないと思う。
どんな話題を提供するかは管理人の独断にゆだねられており、閲覧者は与えられた話題の中から関心のあるものにコメントをつけられるというだけで、自ら能動的に話題を提示することができないという点においてブログ管理人と閲覧者は対等な立場ではない。
しかしコミュニケーションというのは対等な立場に立ってこそ、関係を深めていけるのではなかろうか。その点掲示板システムは、管理者であっても閲覧者であっても対等な立場で話題を提示できる。
サークルシステムというのは掲示板システムに劣る部分はあるものの、だれでも対等な立場でスレッドを立てられるという点においてブログに勝るといえ、ここでコミュニケーションを取ろうとするよりも、今回紹介したところのほうがコミュニケーションが取りやすいと思う。


サクラ大戦通信室http://www.c-player.com/ac41742/

今回の文章の転載元。公式を名乗るサークルと同じサークルシステムを使用。もともとは公式を名乗るサークルで知り合った人たちが個人間で連絡を取り合うことができるように、個人レター機能を使える場として作られたのだが、以前あった『サクラ大戦談話室』というサークル(公式ではバレを含む発言が好まれないだろうということで、バレOKで語り合える場として作られたサークル。発言をする人が少なくなって、数年前に自動解散)の目的も吸収していると思いたい。
たとえば、何か私に連絡したいことがあるとき、このブログの関係ない記事のところにコメントをつけるのはやだなんて時には、この通信室サークルの個人レター機能を使うとよいかもしれない。


Sakurawars.Nethttp://sakurawars.net/

旧公式BBS(本家)が葬り去られた後、公式を名乗るサークルになじめなかった人たちが集う場。通称『聖魔城』。じゃなかった、『分家』。
一応私の、サクラ大戦関係の活動の拠点なのだが、最近ではサークルのほうにちょっかい出す回数のほうが多いような気がする(気がするじゃなくて事実そうなってる?)。
今でこそ寂れているが、旧公式BBSと同じシステムなこともあり、過去(初期のころ)の発言をみると、旧公式BBSで旧来のファンがサクラ大戦をどんなふうに楽しんでいたかがわかる。
サークルシステムでは実現に困難が伴うものもあると思うが、サクラ大戦のネットコミュニティーを盛り上げる参考として、昔のファンがどんな企画をやっていたのかは、調べて損はないと思う。
個人的にはサークルからこっちに移住してきてこっちを盛り上げてくれる人材がいないかと期待している。
というかこのBBSって、古くて濃い人が住人なので、考察系の議論もすでにやりつくしている感もあり、また新しい人の流入もほとんどないためサイドストーリーを書いたり何か企画ものをやったりというモチベーションが上がらなかったりというのが寂れた原因の一つのようにも思う。
何も分からないままどんどん話題を振りまいてくれる人がいてくれると、考察するきっかけにはなるだろうし、新しい人の流入でモチベーションの上がった人たちによってサイドストーリーや企画ものが復活するんじゃないかなぁ。

検索フォーム
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。