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日野光治

Author:日野光治
馬鹿と煙は高い所に登る。
しかし高い所に登らなきゃ見えない景色もある。
政治だって『庶民の目線』なんてのがもてはやされてるけど、そういう低い位置からだけしか見ていなければ道を誤る。
ということで、馬鹿は馬鹿なりに今日も好き勝手に政治放談したり山歩きをしてみたりと、気ままに生きてます。

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高尾山に登りに行…くつもりだった

本日4月29日は昭和の日。先帝陛下のご遺徳をしのび、武蔵野御陵にお参りに行き、その足で近くにある高尾山に登ってこようと思い、準備してきた。天気予報でも晴れという予報になっていたしね。

しかし、なんか、神奈川県の私の家のところでは雨が降ってるんだが…。「みんなで実況!今の天気」を見てみると八王子市でも約7割の人が『雨』と答えている。天気予報外れてるじゃん。

ということで本日のハイキングは中止。ちょうどテレビの某散歩番組で高尾山を散歩してるのでそれでも見ていようかねぇ。

武蔵野御陵へのお参りはいつにしようかねぇ。

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金時山から芦ノ湖へ

さて、せっかく金時山に登ったのに、富士山がきれいに見えないというのは惜しい。
しかしだからといってここでずっと雲が切れるまで待っているわけにもいかない。まだこの先、芦ノ湖まで山の中を歩いていかねばならないのだ。

とりあえず芦ノ湖に着くまでの間にはまだ富士山の見える場所はあるし、見る方向が変われば雲の見え方も多少は変わるかもしれないということで、出発することに。

まずは隣の長尾山に向かって進む。まずは非常に急な道を下る。大山あたりだったらはしごが設置されているであろうところでも、つかまり紐がぶら下がってるだけだったり。金時山も初心者向けのハイキングコースってことになっていたと思うけど、結構ハードに感じるのは私の体がなまっているからなのか?

下った後はまた登り。思ったより高低差がある。いや、一応事前に地図は眺めてはいたんだけれど、まだ地図の情報と自分が感じる感覚のすり合わせができてないんだと思う。まぁ、地図自体、バス停の位置が間違って記載されているような代物だからどこまで信用できるかわからないけど。一応最新版を買ったはずなんだけどなぁ。

金時山から下ったり登ったりまた下ったり登ったりとしながら、長尾山を通過し乙女峠へ向かって進む。コースにはところどころに桜がある。箱根ではちょうど桜が満開の時期。ゴールデンウィークではなくこの時期に登りに来たのは、こうした桜の時期であるからなんだが、大きな木というわけではないうえ、品種によるものかあまり花の付きが良くなくて、ちょっと物足りない。

そんな桜を眺めたりしながら進み乙女峠に到着。ここで富士山の状況を確認。
乙女峠から見た富士山
「♪ 頭を雲の上に出し」って感じで頂上は顔を出したものの、やはりまだ雲は多い。

さて金時山ハイキングというと、この乙女峠からバス停に向かって下って行くのが一般的なんだろうけど、そういう一般的な行動からはみ出ちゃうのが私である。せっかく道が続いているんだから、このまま山の中を歩かないでどうする!?

ということで丸岳に向かって出発。登り始める。さすがにこっちに来る人は少なく、自分のペースでのんびり足を進める。
途中『富士桜』と品種名の札がかかった桜の木があったが、この桜はまだつぼみの状態。開花までもう1・2日はかかるだろうか。

しかし乙女峠から先は人通りが少ないせいか、風かなにかで折れた木が道に覆いかぶさっているところが何か所も放置されていた。よけたり乗り越えたりしながら進む。できればもっと頻繁にコース整備で巡回してほしいところである。

そんなこんなで丸岳に到着。芦ノ湖を眺めながらしばし休憩。
やはり休憩していた別のハイカーたちが話しているのが聞こえる

ハイカーA:あっちの方で連なって見える山ってどこですかねぇ?
ハイカーB:さぁ。わかりませんねぇ

って感じ。根がおせっかいな私は口をはさむことに。

私:方角的に言って伊豆半島じゃないですかねぇ。
ハイカーA:そっちの方に高い山ってありましたっけ?
私:天城山とかでしょうかねぇ?

たぶん間違いないとは思うのだが…。



しばらくの休憩ののち長尾峠に向かって歩を進める。長尾山と長尾峠って離れてるけど何か関係があるのかな?

途中にある展望台で、もう一度富士山の状況確認。
丸岳・長尾峠間の展望台から見た富士山
状況は変わらず。もう諦めるしかない。

さらに進み長尾峠通過。しばらく進むと箱根スカイラインと並行したコースになる。並行といってもこっちは登ったり下ったりで、箱根スカイラインのほうはそんなことはないみたい。
ここでアクシデント。腿の筋肉がつって足が動かない。今まで富士山でも大山でもこんなことはなかったのでちょっと焦った。富士山・大山以上に足を酷使したのだろうか。

しばらく腿をさすりながら休憩。何とか回復したので、いざとなったら箱根スカイラインを通る車を捕まえればいいだろうなどと気楽に考え、無理をしないように気を付けながらも出発。まぁ無理をしないようにといったって、急な下り坂などではどうしても足に負担はかかっちゃうんだけどね。
だから箱根スカイラインを離れて芦ノ湖に降りて行くときは結構緊張した。

それでも何とか芦ノ湖に到着。ここまでくればもうどうとでもなる。今回の第二の目的である桜見物をしながら歩くことにする。ハイキングコースでも桜はいくらかはあったが、物足りなさも感じている。芦ノ湖周辺の桜を探しつつ歩を進める。しかしなかなか桜がない。まぁ元々箱根って桜よりも新緑を楽しむ場所だしね。
とりあえず桃源台の近くで。
桃源台の桜
しかしこんなものではまだ満足できない。

そこでさらに芦ノ湖東岸を進み樹木園へ。樹木園というくらいなのだから桜だってあるはず。ということで入場料を払って入園。入ってすぐのところに枝垂れ桜。
樹木園の桜

この樹木園の中には九頭龍神社という神社がある。パワースポットとして結構有名らしいがあいにく私はそっち方面の感受性はあまり強くないらしい。でもせっかくだから参拝。
九頭龍神社
金運や縁結びのご利益があるとのこと。パワーのある神社ということで期待したい。

樹木園を出るときに、すすめられるままに九頭龍カステラを購入。「九頭龍様にあやかって九等分にしてお召し上がりください」とのこと。帰宅後開けてみたら、九等分しようにも印がない。不親切だなぁ。というか、こういうのって、九等分にしてから売ってもいいんじゃないかなぁ。


樹木園を出た後はさらに進んで箱根園へ。
箱根園の桜
芦ノ湖の湖畔の桜の写真でよく見るのはこの木かな?



当初はここからさらに進んで箱根神社参拝で締めくくる予定だったのだが、富士山の雲が切れるのを待ったり、足のトラブルがあったりで予定より遅れているし、あまり足に無理をさせてもいけないだろうということで、今回はここで終了。バスに乗って下山。


ついでだから山に登る前、金時神社へ向かう途中の桜の写真も載せておく。
公時神社への途中の桜


さて、桜の時期も終わったし、次はどこの山に何をしに行こうかなぁ。

テーマ : 登山・ハイキング
ジャンル : 旅行

金時山に登ってきた

♪バスは行く行く 素晴らしい 夢乗せて

いや、別に夢を求めて出かけたわけではない。というか温泉に行ったわけでもない。まぁ温泉地の近くではあるけれどもね。

ということで、25日、晴れていてハイキング日和。箱根の金時山から芦ノ湖までを歩いてきた。今回は麓から登ろうなんて無謀なことをせずに、バスに揺られて登山口まで行ったわけである。
小田原駅からバスに揺られること約40分。仙石バス停で下車。しばらく歩くと金時山の矢倉沢口の表示がある。
矢倉沢口標識
しかしやはり金時山に登るのに公時神社(金時神社)を無視していくわけにもいくまい、ということで、多くのハイカーたちをしり目に、この登山口はスルーしてさらに進む。


話は変わるが、この矢倉沢口の近くにある売店でこんな張り紙を発見
miyage.jpg
私はエヴァファンというわけではないけれど、ネタとして使えるものはとりあえず拾っておかねばってことで。しかし仙石原と二子山って結構離れているのに何でここで二子山饅頭? まぁ、買わなかったけどね。これから山に登ろうって時に荷物を増やすわけにはいかないし、帰りはここは通らないので。
ちなみに近く(近くと言うほど近くもないか? 私の進行方向とは逆方向だったのでわざわざネタを拾いに行かなかったけど)には、こんなのもあったらしい。http://www.lawson.co.jp/eva/jack.html ファンの質が悪すぎて開始二日目にして中止になっちゃったらしいけど。ネタを拾いに訪れていればぎりぎり間に合ったのか。別にいいんだけどね。私にとって箱根といえばガンバスターが降りてきたところだから。
しかし箱根もこんなことまでしなければ客が来なくなっちゃったのかねぇ。



矢倉沢口からさらに進むと金時神社の入口に着く。
公時神社入口
知らない人がいるとは思えないけど一応念のために説明しておくと、この金時神社は坂田金時という平安時代の武将を祀った神社であり、この坂田金時の幼名が金太郎なのである。入口に金太郎の絵が描いてあるのはそういうわけ。
ちなみにこの坂田金時は源頼光の家来として鬼退治なんかもしている。鬼退治に行くくらいなのだから、きっとその時の武器も特別な力を持っていたんだろうねぇ。その武器はどこへ行っちゃったんだろう。源頼光の使った『童子切安綱』は国宝として現存するけど。まさか海外に流出? ♪ マサカリかついでグ(ry
いや、鉞とハルバードは違うだろ。というか鬼退治のときは太刀を所持していったって説もあったっけ。

なにはともあれ、まずは神社参拝。
公時神社
バスの都合で矢倉沢口から登る人が多いようではあるが、こちらの神社口から登る人も少なくはないようである。年齢層も、子供からお年寄りまで様々。子供会か何かのハイキングなのだろうか、10人ほどの子供を含む集団もいる。

しかし道の状態はあまり良くない。二日前まで雨が降っていたこともあり、ぬかるんでいるところもある。登るのを24日ではなく25日にしておいてよかったかな。24日のうちだと、もっと水気が抜けてなくてひどい状況だったかもしれない。

そんな中私はハイキングコースを少し外れたところにある、金時神社奥の院にも行ってみた。
公時神社奥の院
ここは社殿などなく御神体の岩が鎮座しているのか。


奥の院を後にしてハイキングコースに戻り、ぬかるんだ道をひたすら登る。結構きつい坂が多いような気がする。とくに頂上付近では「斜面が急で道から外れると危険だよ」って言うような標識まで立っていた。

そんなこんなで何とか頂上に到着。ここから眺める富士山は最高。なはずだったのだが、あいにく富士山は雲をかぶっている。しばらくすれば雲がどいてくれるかもしれないという淡い期待を抱きつつ待つ。まだ雲はどかない。まだ少し早い時間ではあるが昼食をとりつつ待つ。やはり雲はどかない。
金時山から見た富士山
結局40分ほど待って、一番状態が良い時で写真の程度であった。

思えば去年富士山に登った時は、その行程の多くの部分で霧に巻かれて周りの景色は楽しめなかったし、大山に登った時は靄のせいで富士山は見えず。そして今回も雲で顔を出してくれないとは…。もう、富士さんったら恥ずかしがり屋さんなんだから(笑)




余計な話題のせいで長くなったので次回に続く。

テーマ : 登山・ハイキング
ジャンル : 旅行

舛添新党

また新党か…。いや、新党って言ってよいのか?

舛添要一氏がとうとう自民党にいられなくなって離党。改革クラブに入ってそっちの代表に収まり、党名を変更するんだそうな。新党改革だっけ? まぁ本当に新党を立ち上げるよりも既存の政党を乗っ取った方が早いわな。

どうも改革クラブと舛添氏って重なる部分があまり印象にないのだが、実際のところどうなのだろう。
一応新党のほうも改革クラブの政策を引き継ぐのかな?



とりあえず理念・国家観が引き継がれるかどうかは予断を許さないものの、新党の政策として真っ先にデフレ対策を挙げている点は好感が持てる。そういえば改革クラブは麻生政権時代に『世界的な金融危機突破のために躊躇せず財政出動を行う』という要望書を出していたらしいし、舛添氏も『景気回復させる為には、デフレとの戦いが最も重要で、金が出回るような対策が必要だ』というようなことをいったことがあるらしい。

このデフレの時代に緊縮財政なんぞやったら事態が悪化するだけだろうから、積極財政を感じさせる表現が見えてくるのは評価できる。ただ、舛添氏をどこまで信頼できるかが問題であろう。舛添氏は知恵が回りすぎるきらいがあるのではなかろうか。

例えば自民党で憲法草案作成の取りまとめをやっていたときに、他党に受け入れられるようにすることを重視し、保守色を薄めるよう調整し、日本の国柄についての記述を削除させたりしている。舛添氏と改革クラブの間に理念の差があるのではなんてことを言いたいのではない。最初から他党に受け入れられるように調整しようというその姿勢が問題なのである。

もちろん政治に妥協というものは付きものではある。しかし、徹底的な討論の末に妥協するのと、最初から妥協案を提示するのでは全然違う。最初から妥協する姿勢を見せてしまっては足元を見られるのがオチであろう。そういう意味において新党改革は、政策的にいいことを言っていたとしても、まず妥協ありきという姿勢では骨抜きにされてしまうのが関の山だろう。策士策に溺れると言おうかなんと言おうか、相手の出方を読みすぎて自分たちが何をしようとしていたのかを忘れちゃいそうに見える。



まぁなんにせよ、最近できた新党の中では集票力が期待できる方だろう。しかしそれでも今の保守系新党乱立状態は好ましくない。民主党への批判票が大量に出るであろうことは想像に難くないものの、自民党はその受け皿足りえず、保守系新党は票の食い合いで思ったほど議席数が伸びない。漁夫の利を得るのは共産党なんてことが現実味を帯びてきたように感じるのは私だけだろうか。

そうならないためにも、本来は選挙前に保守合同を実現しておかなければならなかったんだけれどもねぇ…。以前にも書いたけれど、たちあがれ日本と改革クラブは理念・国家観に共通項が多いように見え、また経済政策も、与謝野氏はともかく平沼氏は積極財政派だからここでも共通項がある。合流して戦う方がよほど自然に見えるのだが…。

まぁ、それぞれ、自分の党が選挙に勝った後に合流して主導権を握りたいといったところなのかもしれないが、ここは主導権争いよりも国民の利益を優先するのが政治家のなすべきことではなかろうか。というか、現状では、選挙に勝って主導権を握りつつ合流を進めるというのは、まさにとらぬ狸の皮算用。勝った後のことを考える前に、勝つためにはどうすべきかを考えてほしいものである。


======== 23日追記 ========

実際に新党改革として再出発してみたら、結成前に言っていたデフレ対策という言葉がだいぶ後ろに下げられ、『政治とカネの透明化』というあたりさわりのないことを真っ先に掲げてる…。党内の調整ができなかったのかな?しかもデフレ対策は特区を作って行うというところまで後退。デフレを一地方の特例で克服できるわけないじゃん。
やはり舛添氏は、デフレについて理解してはいるものの、本質的にはデフレ対策よりも構造改革を優先したかったということか?
これはもう期待できないな…。

テーマ : 新党旗揚げ
ジャンル : 政治・経済

日本創新党

地方自治体の首長・首長経験者を中心とした政治団体が誕生したという。その名を日本創新党というらしい。
日本志民会議を母体として生まれたようだし、一応は保守系といえるのだろうか。

しかしあくまでも『一応』であり保守『系』なんだろうなぁ、というのが私の感想。

なるほど母体となった日本志民会議は、『正しい日本の歴史と伝統を守り、次世代に伝える国』 『自らの国は自らの手で守るという気概をもった国』を目指すと表明しており、保守といえる。そうした目指すところの多くは日本創新党のほうにも引き継がれるだろう。

しかし、日本創新党の政策の中には日本志民会議が提唱していない『道州制導入』なんてものが入っている。まぁ地方自治体首長らが中心ということで地方分権を旗印にしたというところであろうか。


しかしこの地方分権というのが曲者で、「地方でできることは地方でやった方が便利である」なんて言う、国民の利便性を考えて出てきたものだとは言いきれないのである。



あえて極論を言えば、地方分権推進者の多くは、国家を分断し、弱体化させる方策として地方分権を利用しているとも言えるのではなかろうか。

国民全体でみれば良識のある人たちがまだ多いだろうが、地方で見れば結構偏りがあったりするだろう。そこを突かれたらどうなるか。
たとえば今話題の外国人地方参政権問題も、国法では実現できなくても道州制が実現した暁には州法で実現しようとするだろう。外国人地方参政権問題に限らず、国民の利益を守るための国の制度が州法によって骨抜きにされる可能性は高い。州法は条例よりもはるかに大きな権限をもつもの。悪用された場合の危険性は格段に高くなるだろう。

確かに世界には合衆国なり連邦なりというものが存在している。だからと言ってそれを日本に持ってきてうまくいくとは限らない。いや、むしろ、日本人は周囲の空気に流されやすい傾向がある。個人の意見をしっかり持ち、それを表明できる人の割合が少ない以上、正しく運用できるとは思えない。

民主主義なるものを前提にしなくてよいなら、日本でも幕藩体制下では連邦制に近い事をやっていたわけであるが、これは幕府という中央の強力な政府があればこそ機能したのであり、幕府が弱体化した時動乱の時代が到来している。
それにそもそも外国からの脅威に立ち向かうためには地方分権的幕藩体制では戦えないからこそ廃藩置県という形で中央集権的制度に移行したのではなかったか?

現在の日本の周りを見回してみても、大規模な軍拡をしている国もあれば、他国の国民を拉致している国もある。そしてそうした国々に限らず、日本を食い物にしようと虎視眈々と狙っている国々がある。外国からの脅威というものが現実にあるのに、なんでわざわざ地方分権に戻るなんて不利なことをしなければならないのだろうか。



さらに言えば、道州制によって国の相対的位置を低くするだけで終わるとは思えないのである。地方分権ではなく地方主権なんて言葉も使われているようであるが、この地方主権というものを進めていくとしたら、国から州へ、そこからさらに州から県へ、そして市町村へと、どんどん小さな単位に権限を委譲していくことになるだろう。権限を持つ単位が小さくなればなるほど、個人の持つ力が相対的に高まっていく。地方主権の名のもとに実質無政府状態を作ることが目的なのではないかと疑ってしまう。これが杞憂であることを願いたい。



また地方分権を進めるための手段からして国民の利益になるか疑問である。たとえば市町村の合併というものが推し進められたが、これも表向きは地方財政の効率化ということが言われているが、国に対する発言力の強化という側面がなかったとはいえないだろう。たとえ地方財政の効率化というのが本当だとしても、問題はそのために地方文化・伝統を破壊した無理な合併が推し進められたということである。日本固有の文化・伝統というものは地方文化・伝統によって支えられている側面もある。それを破壊し無機質な地方を作り上げて日本というものが立ち行くのであろうか。




もちろん日本志民会議の理念を信ずるならばこうした最悪の結果を望んでいるわけではないだろう。しかし、日本創新党が地方分権を掲げ、道州制導入を歌う限りは、いくらでもそこを利用されてしまう危険があるのだ。あきらかに理想と違うことを提案された時、「地方分権を掲げてるじゃないか」と詰め寄られたとしたら、きちんと拒否すべきところを拒否できるのだろうか。



だから歴史観・国家観という面において日本創新党には期待したいところではあるが、地方分権を掲げている限りは支持したいとは思えないのである。
それに保守政党・保守系政党が乱立したところで各個撃破されるのがオチであろう。参院選で負けた後にそれぞれとの連携を図るのでは遅いのである。とりあえず保守っぽい政策を掲げておけば票を取れるのではないかなどという甘い考えは捨てて、保守を再生するにはどうすべきかということを、日本創新党に限らずたちあがれ日本も新風も、考えて行動してもらいたいものである。

なんだかなぁ…

いやはや、まいったね。

公式を名乗るサクラ大戦サークルでの話である。
ことの発端は「大神の階級って低くね?」という問いかけに、私が答えたことに始まる。
で、私は、あのサークルはあくまでもサクラ大戦サークルであって軍事関係のサークルではないのだからということで、正確さよりもわかりやすさを重視して、余計な知識を省いた文章で回答したのであるが、その私が省いたところをわざわざ補足してくれる人が出てきたわけである。

しかし補足しただけ。その補足された知識がサクラ大戦にどう関わるかという考察は含まれていない。要するに自分の軍事知識をひけらかしているだけにしか見えないのである。軍事関係のサークルならそれでもよかろうが、あくまでもサクラ大戦のサークルである。仕方がないから私がその補足された部分を使ってネタを広げてみた。

しかしその私の本論の部分に、ごく簡単には反応しているように見えるものの、傍論のほうメインに反応してくる。いや、傍論メインに反応してもらってももちろんかまわない。そこから新たにネタが広がっていくこともあるんだから。
しかし、軍事知識をひけらかすような形で反応し始めたのなら、最後まで徹頭徹尾事実に基づいて話してもらえるなら、こちらも反応しやすいんだけどもねぇ。なんか、やり取りを続けるうちに、その辺のことがだんだん杜撰になっていくように見える。

なるほど私は卒業年次を基点に考えて昇進が早いと結論付け、相手の方は少尉任官を基点に考えているようには見える。しかし、少尉任官を基点にしても事情は大して変わらないのである。



太正12年4月に少尉であったことを重視した場合、海兵49期卒業者の昇進を参考にできるだろう。50期卒業だと12年9月の少尉任官になっちゃうからね。この49期生の少尉任官は大正11年5月なので、大神より約一年先任ということになる。

で、49期が中尉昇進するのが13年12月、大尉に昇進するのが15年12月である。これでいえば16年4月に大尉になっていてもおかしくはないものの、先述の通り大神は49期生と比べて約一年任官が遅れているのだから、昇進も約一年遅れると考えるべきだろう。
そうすると大神が大尉に昇進するのは16年後半。相手の方の言うように巴里赴任中を休職扱いとした場合はそれよりさらに遅れるわけだから、17年になってから大尉に昇進というのが標準的な昇進速度なはずである。

だから、16年4月に大尉でなければ大神の昇進を『遅い』なんて言う意見に反論している私のほうが事実に即しているわけであり、『遅い』だの『中尉の期間が長すぎる』とかいうのは全くの事実誤認である。軍事知識をひけらかす割に、この辺のことも確認しないで書き込むっていうのはどうなんだろう。

大体において私は、自分のほうが正しいにもかかわらず、感覚にずれがあったことを認めたうえで、『早すぎる』という表現を『遅くはない』という表現に改めることによって歩み寄っている。なんで間違ってるほうが偉そうにしていて正しいほうが歩み寄る姿勢を示さねばならないんだ?


大神の昇進が遅いという結論を導くためには事実すら捻じ曲げられてしまうのでは、これ以上の議論は不毛だろう。これが本家BBSだったら、たとえ不毛な議論であってもお互いが納得するまで徹底的に(それこそ互いに言葉を荒げるようなことがあっても)議論をできる風土があり、またそのやり取りを見て楽しむ余裕を持った人も多かった。しかしサークルではそういう風土にないだろう。

京極スレの時は私がスレ主だったから分家その他、別の場所に議論の場を移す提案もできたのだが、今回はスレ主をおいてけぼりにして勝手に議論の場を移す提案をするのは失礼だろう。というかスレ主は一体どうしちゃったんだろう。こういう時こそスレ主が間に入って議論の方向性を決めていかなきゃ収拾がつかないんじゃないかねぇ。

とにかくサークルでこのまま続けるのはどうかと思う。しかしこのまま引き下がるのもすっきりしない。どうしたものか。



大神の帝撃在籍期間を軍務として振り替えることができるかどうかという点についても、考察をするうえでは重要な部分だと思うんだけどねぇ。この辺の議論もしたいんだけど、誰もその辺については触れてくれないからねぇ。それに上の件が解決していないのに議論の方向を変えれば、あたかも私のほうが間違っていて、それをごまかすために論点をすり替えたように見えてしまうだろう。
まったくやってられないなぁ。

お気に入り動画 勝手に紹介

私ってYouTubeもニコニコ動画も、おもに軍歌がらみのものを見るのに使っている。(投稿してるのも軍歌がらみのがメインだし)

サクラ大戦がらみの動画もたまに見ることはあるものの、わざわざ検索してまでは見ていない。

そんな私が見つけた動画。いや、軍歌で検索してこれが出てくるとは。
「満蒙の戦士? そんな曲あったっけ? レアな軍歌かな?」等と思いながら再生。



思わず飲んでた『魔界への誘い』を吹いちゃった。

調べてみるとこの投稿者、『檄!帝国陸海軍』と『錦の御旗のもとに』も歌っているらしい。この二曲は別の人が歌っていたのをカバーしたのかな?
でも今回のはオリジナルの替え歌らしい。なかなかセンスがよろしい。こういう人とカラオケいけたら楽しいだろうねぇ。


そういえば逆バージョン、つまり軍歌をベースにした替え歌ってのは見かけないねぇ。関東軍軍歌の4番を一部変えてっていう話は聞くけれども、実際に歌っている動画などは見かけない。うちの初音ミク(いや弱音ハクかも…)に歌わせるか? でも一応私は真面目に軍歌をUPしてるからねぇ。いや、確かに不真面目なのもあるけど。

替え歌を作るまでもなく『愛馬進軍歌』なんかは『Vエピ0』そのままだよね? エピ0をやるときには愛馬進軍歌を聞きながらやったもんだ(笑)

他にいいネタがないか、軍歌集をもう一度見直してみようかねぇ。



ついでだから探査機はやぶさ応援のも貼っとこう。







サクラ大戦がらみでないけど



は秀逸。

平沼新党

待ちに待った平沼新党。ようやく形が見えてきた。

新党の名称は『たちあがれ日本』だそうな。

…この党名で選挙戦えるの? 比例代表で。

いやもうね、「平沼さんの新党の名前なんだっけ? ほら、『たちあがれ日本』っていうキャッチコピーの」とか言われちゃうさまが容易に想像できちゃうんだけど。

そんなあやふやな記憶でテキトーな党名を投票用紙に書き込んだら無効票になってしまう。

あるいは『たちあがれ』がキャッチコピーで『日本』が党名だと勘違いして『日本』と書いて新党日本の票にカウントされちゃうとか。

まぁ意気込みは分かるんだけどねぇ。本気でこの党名で決定しちゃうとしたら、比例代表は捨てるってことなのかねぇ。まだ結党前だし、正式決定ではないんだったら、今からでも党名を変えた方がいいと思うなぁ。
私はありきたりだけど『新党さくら』とか考えてた。まぁ、パッと咲くけどパッと散りそうで、縁起が良くなさそうではあるけど(笑)

まぁ、党名はともかくとして、何とかぎりぎり政党要件は満たしたようだが、すでに7月引退を表明している人ではねぇ。申し訳ないけど、下手すると参院選後には政党要件を満たせず政治団体に転落しちゃうんじゃないかなぁ。
とにかく参院選で議席を増やして、政党であり続けないことには次の手も打てないだろう。

しかしなかなか人が集まらない理由は、「理念や国家観の違う方とはご一緒できない」という鴻池祥肇氏の言葉に集約されるだろう。これは有権者の側から見ても同じことが言える。同じ理念・国家観を持っている者で新党を作ってほしいというのは有権者の願いでもある。数合わせ的に理念・国家観の異なるものと手を結んでいたのでは、平沼氏には期待していても、党としては信頼できないという有権者も少なくはないのではなかろうか。

無理を承知でいえば、やはり与謝野氏と組むのをやめて、改革クラブとの連携を図った方が、よほど保守層への訴求力が強まっただろう。
というか、今回の新党も、改革クラブも、理念・国家観に共通項が多いんだけど、政党要件ぎりぎりの状態のまま二つあっても共倒れするのが関の山じゃなかろうか。
とっとと合流して、保守層の受け皿の位置を確立してくれた方がよほどいいと思うんだけどねぇ。

テーマ : たちあがれ日本
ジャンル : 政治・経済

サクラ名所巡り

この記事は写真がメイン。言ってみれば前の『同期の桜を歌う会を見に行ってきた』の写真版といったところか。

上野

西郷殿銅像
西郷殿銅像


天海さまの毛髪塔
天海様毛髪塔
ここに祀られている毛髪を使って…。


上野公園宴会エリア
上野公園宴会エリア
花見の準備をせよ!


弁天堂
弁天堂
弁天堂って神社じゃないから鳥居はない。屋台はたくさんあるけど怪蒸気まんじゅうはない。


不忍池
不忍池から見る弁天堂
列車が飛び出してくる気配はない。
不忍池のスワンボート
スワンボートはある。



隅田川

隅田川岸の桜
隅田川岸の桜

隅田川のカモメ
わかりにくいがカモメも飛んでいる。エサでもやっておくか?


屋形船
隅田川の屋形船


スカイツリー
スカイツリー
せっかくだから建設中のスカイツリーも載せとく。新たな帝都タワーだし。ちなみに下の方に写っている橋は桜橋。


浅草上空を飛ぶ飛行船
浅草上空を飛ぶ飛行船
いや、別に深い意味はない(笑)。


おまけ
おまけ




小石川後楽園・靖國神社
小石川後楽園 造兵廠跡の碑

靖國神社 同期の桜を歌う会
なんか付け足しのように扱っているが、もともとはこっちがメイン。

同期の桜を歌う会を見に行ってきた

靖國神社境内で行われる「靖国神社の桜の花の下で同期の桜を歌う会」の見物に出かけた。

開花宣言が出た時は満開状態が続いているか心配したものだが、その後気温の低めの日が続いたことで、ちょうど満開の時期に重なった。やはりこういうイベントは満開のときに限る。

さて、せっかく満開の時期なので、同期の桜を歌う会が始まる14時30分までの間、ほかの桜の名所のいくつかを回ってみることにする。



まず向かったのは上野公園。定番の場所である。
やはり有名どころだけあって人は多い。しかし、通路の人の流れが滞るほどではない。本当に人が多い時は通路の人の流れもなかなか進まないのだが、今回は人の間をすり抜けて歩くことも不可能ではないくらい。天気が曇りがちだったことで人の出足が鈍ったのだろうか。
また『3日10時開始』という表示で場所取りをしているところはたくさんあるのだが、10時半くらいになっているのにいまだ場所取り要員だけが寝袋にくるまって転がってるだけというところも多い。どうしちゃったんだろう。

さて、宴会エリアの桜ももちろんきれい(だからこそ人も集まるのだろうが)だし、花見オフのときは宴会エリアで開催したわけであるが、私としては不忍池の桜のほうが好きである。
ということで不忍池のほうに降りていく。さすがに弁天堂前の屋台エリアは混んでいる。しかし不忍池の中を通る小道のところは、まだ4・5人程度のグループなら入れる余地が結構ある。
桜並木の小道を通り、そののち不忍池の外周を通って戻る。
その最中に外人グループに声をかけられる。私の写真を撮りたいってことらしい。まぁ良くあることである。今回の人は私の写真を撮るだけでなく一緒に写って行った。何年かに一回はこういう人もいるのだが、一緒に写りたいっていうのはどういう考えによるものなんだろう。



さて、上野の次は浅草に向かう。普通なら上野・浅草間は徒歩で移動することも考えるのだが、今回は時間の都合もあるので、「♪上野から浅草へ メトロで行こう」ってことに。浅草の隅田川沿いでは着物園遊会が開かれているのだが、今回はそっちはスルーして、桜を眺めながら川沿いを散歩する。

今建築中のスカイツリーも見える。川沿いではこのスカイツリーの写真を撮っている人も多い。完成時には今の高さの約二倍か…。周りにそれほど高い建物もないし、完成したら相当の存在感になりそうである。
このスカイツリーもやっぱり東京タワーみたいに階段登りイベントってやるのだろうか? といううか、やってほしいものである。完成記念などでやる可能性は高いと思うが、是非登りに行きたいものである。



浅草を後にして次に向かうのは、小石川後楽園。ここは枝垂れ桜が有名であるのだが、もうかなり散っている木もある。しかしもちろんソメイヨシノ等もある。
しかしそれほど高くはないとはいえ入園料がかかること、シートを広げての花見は遠慮しろって放送が流れていることから、比較的落ち着いた雰囲気で散策を楽しめる。
同じ大名庭園でも六義園のほうは、同じような条件のはずだが、客が多くてあまり落着けなかったというイメージがある。



しばらく園内を散策したのち、靖國神社に向かう。午後になってからは雲も切れ、かなり暑い。靖國神社に到着したのは14時少し前くらい。同期の桜を歌う会が始まるまでまだ時間があるので先に参拝。かなり混雑している。
4月というのは花見客も来るし、例大祭のある月でもあるし、主権回復記念日もある月だしということで、普通の月と比べて参拝者が多いのだろう。

そしていよいよ同期の桜を歌う会が開幕。開会のあいさつに引き続き、コーラス隊による歌唱。歌集が販売されていることもあり、客席の方も一緒になって歌う。こういう一体感ってよいと思う。
一部伴奏の編曲が気に食わないものもなくはなかったが、おおむね満足。

やはり平均年齢は高めの会ではあるのだが、若い方々もいないわけではない。四半世紀続いてきたこの会であるが、今後も若い方々を巻き込んで続いていってほしいものである。

最後に、信号喇叭で『国の鎮め』を吹奏するという。期待して見守る中、スピーカーから出てきた第一音は…。

「フー」

いや、緊張で唇が渇いたりしてるとこういうこともあるかもしれないね。
気を取り直して演奏が始まるのだが…。
音程が変わっていない、時々突飛な音が出る。私の経験に当てはめると、喇叭を始めて一週間程度のころの演奏に近い。
まぁ、本当にそういう初心者がやっていたのなら、その一生懸命さに免じて大目に見るのだが、確かこの人、昨年の秋の九段軍歌祭のとき、軍装隊の後にくっついて喇叭を持って練り歩いてなかったっけ。だとすると少なくとも半年は喇叭を吹いているはず。それでこの演奏では御英霊に申し訳なかろう。もっとしっかり練習してこようね。
私自身まだ自信を持って喇叭を吹けるとは言い切れない状況ではあるものの、そんな初心者の私が「代われ!!、私が吹いた方がまだましだ!!」とか感じてしまうような演奏ではだめでしょ。

そうそう、私自身の喇叭についてだが、結局、喇叭付属のマウスピースでの練習をした方がよさそうだという結論に落ち着いた。夏までの間には何曲か吹けるように練習して、オフ会などでの披露に備えよう。



そんなこんなで、約80分の、同期の桜を歌う会が終了。まだもう少し歌いたい気分だったので、カラオケをしてから帰る。
本当は17日の軍歌祭にも参加したいし、そのあとに軍歌オフでもできたら良かったのだが、今回は参加できそうにない。
次に軍歌を歌いに行けるのはいつになるだろう。

エイプリルフールのネタかと思った

昨日買った本を読んでいた。
まぁ、具体的に言うと「お釈迦さまもみてる」ってライトノベルである。(「マリア様がみてる」って作品のスピンオフ作品) <いいじゃないか!、マリみて好きなんだよ!文句あるか?ほっといてくれよ!

で、読んでる最中に、はさまってる新刊情報のチラシが目にとまったわけなのだが、

『2010年秋 「マリア様がみてる」実写映画化決定!!』 

なんてのがドーンと載ってる…。思わず茶を吹いてしまったではないか。よくよく見たら中のチラシどころか、本の帯にもドーンと載ってた…。全然気づかずに買ってた。

しかし、何の冗談なんだよ。集英社もエイプリルフールのために手のこんなだことをするものだ。今日はチラシとか帯とかの付け替えで大わらわなんじゃなかろうか。
そんなことを考えながらネット検索してみると、とっくに1日は終わってるのにhttp://eiga.com/buzz/20100401/2/のようなものがいまだに掲載されてる。
もしかしてネタじゃないの?

よせばいいのに…。

こういうのってたいがい、原作が何で人気があったのか理解してない監督がイメージで作って失敗するケースが多いんだよね。
原作にあるエピソードでも、どこに焦点を置いた脚本・演出にするかで、全然別の作品になってしまうわけだが、その焦点の当て方が突飛な方向を向いていて失敗するというケースはよく見る。
また逆に、原作に縛られずにやろうとして、もはや何の作品かわからなくなっているケースもある。どちらにしても成功している例ってあまり見かけないような気がする。

たとえば原作者がしっかり監修すれば、脚本・演出問題は解決するかもしれない。そこまでしなくても、原作の雰囲気をしっかり表現できるセンスのある人が監督なら、まぁ何とかなるだろう。
しかし、そうしたまともな脚本・演出にした場合、今度は役者側がそれについていけるかという問題が出てくる。

リリアンの生徒を演じるにはまず品の良さを表現しなければならないわけだが、そもそも今どきの若いもんに品の良さを求めるのは酷というものだろう。社会全体から品格が失われたこの時代、いくらお嬢様言葉を使ったところで、そのお嬢様言葉の背景・裏付けとなる体験がない以上、薄っぺらく、嘘くさく見えてしまうのだ。そんな学芸会レベルのものなら、無料で見られるテレビ放送ならともかく、金を払ってまで映画館に足を運ぶという人は少ないだろう。
身についていないお嬢様らしさを補うには人生経験を積ますしかなかろうが、そうすると年齢が大幅に上がってしまい、セーラー服がコスプレにしか見えなくなってしまうという痛さが出てきてしまう。

いや、サクラ大戦のショウは役者の年齢が役の年齢より著しく大きくてもいいんだ。そこのところを理解したうえで、お約束として楽しめる客を相手にしているんだから。しかし映画というのは、そういう狭い層だけを相手にしていたのでは大赤字である。

さらに言えば、ただ品よく演技させればよいというものでもない。お嬢様学校を舞台としていながら、「やっぱり普通の女の子なんだよね」という部分があるからこそ面白いわけである。そのお嬢様らしさと普通の女の子らしさの微妙なバランスをどう表現するかが肝なわけである。これは相当難しい。実際、アニメ版もこのバランスのとり方を失敗している(お嬢様学校ということを意識しすぎて品良くまとめようとした結果面白みのないイメージ映像になっちゃったような)例があったように思う。
アニメの場合は数話のうちのいくつかが失敗しても、全体としてその失敗をカバーできていれば商売になるだろうが、映画の場合は、単体で評価せざるを得ない以上、ハードルが高くなってしまう。


しかしこの映画、誰が見るんだろう。いや、まぁ私はたぶん見に行くけど。期待してるから行くのではなくてネタとして笑いに行く(いや、笑が引きつる可能性が高いけど)ってのがねぇ…。
私のことはともかくとして、こういう映画って結局ファンでない人にとっては全然関心を持たれないもののような気がするんだよね。
いくら人気のあるライトノベルとはいえ、世間一般での認知度ってそれほど大きなものとは思えないんだけど、実際のところどうなんだろう。

たとえば(これも失敗する可能性が高い)『宇宙戦艦ヤマト』の実写版。ファンでなくてもヤマトの名を知っている人は多いだろうし、出演者も知名度が高いから、一般人の目にも止まるかもしれない。
しかし、マリみて実写版の場合、ファンでなくてマリみての名を知ってる人ってそう多くない気がするし、出演者も、まだ主役二人しか発表されていないけれど有名どころがいるとは思えない。ネームバリューで売れないならいったい何で勝負するつもりなんだろう。

まぁ秋まで気長に待つことにするか。

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