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日野光治

Author:日野光治
馬鹿と煙は高い所に登る。
しかし高い所に登らなきゃ見えない景色もある。
政治だって『庶民の目線』なんてのがもてはやされてるけど、そういう低い位置からだけしか見ていなければ道を誤る。
ということで、馬鹿は馬鹿なりに今日も好き勝手に政治放談したり山歩きをしてみたりと、気ままに生きてます。

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毎日ボートマッチ(えらぼーと)で遊んでみた

引き続き選挙の話題である。
選挙のたびに毎日新聞社で各候補者にアンケートを実施し、ユーザーが同じアンケートに答えることによりどの候補者、政党と考え方が近いか、その結果を数値で表すという『えらぼーと』なるものをやっている。まぁ設問の仕方により結構結果も変わりそうだが、性格診断くらいには当たるだろう。暇つぶし程度にやる分には面白かもしれない。


で、結果、私の考えと一番近いのは幸福実現党だそうな。一致度80%。そういえばそんな党もあったねぇ。まぁ前回書いたとおり勝つ見込みのない所に投票する気はないけど。
二番目がたちあがれ日本の76%、以下、創新党66%、自民党64%、改革59%、国民新党56%。あとは軒並み30%以下。

ちなみに民主党との一致度は20パーセント。ただこれは、民主党候補の中には無回答の設問が多い候補者が多いということが関係してるだろうか。まぁ。自分のわからないことには答えないという姿勢は正直だと評することができるだろうが、国政というのは、特に参議院議員というのは全体を見通す力が求められているのであって、専門外だから分かりませんではダメなのである。それを一般庶民でも意見を持っているであろうごく簡単な質問にすら答えられないとはどういうことか。そんな一般庶民以下のど素人に国政を任せられるわけなかろう。こんなど素人を候補者として立てる民主党は、一致度がどうこう言う以前に絶対支持しちゃダメだね。



さて、いくつかの質問をピックアップしてコメントしてみようかね。

まず問3『核武装について』
1.検討すべきでない
2.情勢によっては検討すべき
3.検討を始めるべき
4.核武装すべき

という選択肢。たちあがれ日本の候補者の多くはここで2番を選んでいる。本音としては検討すべきではないと思ってるけどそんなことを言って国防に責任を持ってないなどと思われても困るから検討する余地くらいは残しておこうといったところか。しかし、状況が変わったから検討を始めますというのでは、核兵器を保有すべしという結論が出た時に開発が間に合わない。

ただ、現状では核兵器を持ったところで意味がないのもまた事実。日本が核武装したところで、国民がどんなに死んでも中枢部さえ生き残っていればよいという考え方の中朝相手では抑止力としては効果が薄いだろう。ないよりはましだけど。
高高度爆発による電磁パルスで、発射される前に機能を止める・飛行中のミサイルの誘導装置や起爆装置を無力化するということも考えられるが、地理的に考えて迎撃に間に合わないか、間に合っても電磁パルスの影響で日本国内の電子機器が壊滅で都市機能喪失という結果になりかねない。そういう意味でろくな検証もせずに核武装するというのも現実的ではない。

まずはどういった使い方ができるか、それにはどんな問題があるか、その問題を技術的にクリアできる可能性はあるのか。そういった検討をしなければならない。繰り返しになるがそうした検討は情勢が変わってからでは遅いのである。ということで私は3番を選んだ。


次に問6『普天間移設問題について』

1.辺野古
2.沖縄県内の別の場所
3.沖縄県外
4.国外

これに関しては、辺野古という回答が多いのは仕方がないだろう。私自身現実的に考えれば辺野古に落ち着かざるを得ないだろうとは思っている。
しかし、下地島などに移設すれば『日本とアメリカは台湾を見捨てない』という政治的アピールになる。
さらに下地島等への移転を考えた場合、海兵隊のみならず航空部隊や海上部隊も一体として移設することになる(そうしなければろくな反撃手段のない陸上勢力なんてただの的である)が、そうした航空・海上部隊が存在することにより、宮古水道を両側からにらみをきかせられる=日本のシーレーンを脅かす存在に対する牽制になる。
こういったことから、無理をしてでも先島諸島のどこかへの移転を実現したいというのが私の本音。ということで私は2番を選択



次に経済政策。この部分がたちあがれ日本との差の大きいところだった。この辺は女性党などと一致度が高いが、間違いなく思考の過程は私と逆だろう。

それはともかく問7『経済・財政運営について』
1.法人税減税・規制緩和による経済活性化
2.増税してでも社会保障・福祉の充実

問8『消費税について』

1.衆院選前の引き上げ
2.衆院選後の引き上げ
3.引き上げ反対

まず問7であるが、二つ目の選択肢では何の限定もつけずに『増税』という言葉を使っているのに対し一つ目の選択肢では『法人税減税』と具体的なものを上げるのはどういうことか。「減税で恩恵を受けるのは金持ちだけだから、増税してでも社会保障・福祉に力を入れてもらえるのならいいじゃないか」という考え方の押しつけであり、極めて恣意的で不適切な誘導質問に見える。

それはともかく、とりあえずこの設問というのは長期的にどこうというのではなく、次の選挙あたりまでの短期的な方針について聞いているのだとおもう。
であるならば、まずはデフレ脱却を第一目標にしなければならないわけで、増税なんてとんでもない。減税で何とかして経済を活性化しなければ国が沈む。そうなったら社会保障も福祉もあったものではないだろう。経済活性のための減税を法人税に限定する意味はない。私は消費税減税をし、足りない財源は国債で賄えと言っている。

ちなみに法人税減税など、それほど必要があるとは思えない。
もちろん法人税を高くしすぎて企業が国外に逃げ出す状況では困るが、今の日本の企業が国外に行くのは税金が高いからではなく安い人件費を求めてのことである。しかも、労働者は減税の恩恵を消費に回すことも考えられるが、企業というのは現状では減税の恩恵があってもそれをため込むばかりで使わないから経済の活性化にはつながりにくい。経済活性化のためには法人税は現行のまましっかり取るべきだろう。

将来的にデフレ脱却が済んだら社会保障・福祉強化のための増税(消費税増税を含む)というのもありだろう。しかしそれはあくまでもデフレ脱却後に検討すべきことであり、衆院選前後なんて短期的な視点で検討できることではない。はっきり言って現状では次の衆院選までにデフレ脱却できるとは到底思えない。

どうでもいいけど民主党候補の中でも消費税増税反対と答えている候補者が結構いるのには笑った。消費税を争点とした選挙なんだから自分の党の候補者の意思統一くらいしておけよ。



ずーっと飛んで最後の問21『地方への財源・権限の移譲について』

1.委譲を進めて自治体裁量強化
2.全国一律サービスの維持

これまた随分乱暴な切り分け方である。地方に財源・権限を委譲した方がいい部分もあれば国が責任を持ってやった方がいいこともある。個々の事例ごとにその検分もせずにただ漠然と地方の権限を増やすのがよいかどうかを問うとは…。漠然と問われれば漠然と「地方でできることは地方でやった方が便利だよね」って考えちゃう人が多いだろう。地方強化による国家解体を目的とした誘導質問にしか見えない。

問16『事業仕訳について』とも関係があるが、事業仕訳ってのは本来は、その事業をやるのが国であるべきか地方であるべきか民間であるべきかを仕分けることである。ただ無駄を削減することではない。その本来の意味での事業仕訳をした後でしょ。地方への財源・権限の移譲ってのは。

ちなみにそうした本来の意味での仕分けも法に基づいて判断されるべきであり、仕訳人の個人的な感想に基づくべきではない。
ある事業について、法的根拠があるのかないのかを調べる。法的根拠があるのならその法が時代に即したものであるかどうかの点検をする。時代に合わなければ法を改正するなり失効させるなりする。
法的根拠がないのならばそれを国でやるのがよいか地方でやるのがよいか民間でやるのがよいかを検討する。国でやった方がよいなら立法で法的根拠を整える。
立法府である国会の議員がやる事業仕訳ってのはこうでなければ意味がないだろう。民主党政権がパフォーマンスとしてやっている事業仕訳もどきは国会議員がやることではなく官僚がやるべきことである。




とりあえずはこんなところであろうか。まぁ毎日新聞がやってるだけあって、一部の設問には問題があるようにも思うが、それなりに面白いものではあるだろう。

皆さんの結果はどうだった?
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テーマ : 2010参院選
ジャンル : 政治・経済

参議院議員選挙公示

参議院議員選挙の公示がされた。私の住んでいる神奈川の選挙区では改選数3に対し10人の候補が届け出たとのこと。
さて、どの候補に投票するか。

まぁ、候補者それぞれの政策はともかく、政党の政策でいえば『たちあがれ日本』が、一番私の考えに近いだろうとは思う。しかし今回の選挙は、民主党の勢力をそぐことを目的としたいわけで、自分の考えに近い政党を選ぶというのもなぁ…。

ちなみに今回改選される人たち、つまり2004年の参院選での各候補者の得票数を見てみると、大雑把にいって自民党候補が122万票、民主党候補二人が85万票ずつ、ここまでが当選で第4位が共産党40万票。
たとえ民主党候補の得票数が半分になってもまだ4位よりも票数が上という状況である。

しかし得票数がいきなり半減ってのはなかなかありそうにない。仮にそれができたとしても、今回の目的は民主党の得票数を削ることではなく、民主党の議席を奪うことである。たとえどんなに民主党の票を削り取ったところで、その票が各党に分散された結果、各党の得票数が民主党の得票数に及ばなければ議席を奪うことはできない。
申し訳ないがその点、たちあがれ日本は民主党を上回る票を得るだけの力はないだろう。せいぜい10万票も取れればいいほう。そんなところに投票したところでたちあがれ日本が議席を得る可能性はないに等しいだろう。民主党の票を削り取ることには貢献できても、その結果当選する可能性が高まるのは共産党…。共産党の得票数に大幅な増減はないだろうからねぇ…。みんなの党も票を集められるかもしれないが、やはり元職を擁立している共産党のほうに分があるだろう。

まぁ、共産党が単独過半数を取るほどの大勝利っていうことはあり得ないし、また、共産党がどこかと連立を組んで与党入りということもありえないだろうから、民主党政権の終焉を早めるためなら神奈川選挙区で共産党に議席をくれてやるのも仕方がないという気もするが、それを狙うのならば、共産党の勝利をより確実にするために共産党候補に投票した方がましってことになる。
しかしこの私が共産党候補に投票? ないなぁ、いくらなんでもそれは。

要するに『いいと思う人に投票』っていう現在の選挙制度では民意を反映しにくいってことである。一層のこと大昔のギリシャでやっていた陶片追放のように、あるいは現在日本の最高裁判事の国民審査のように、不適格者を投票することにしたらどうだろう。まぁ、私は国民に選挙権なんてものを与えること自体に反対ではあるのだが、どうしても選挙という制度を残すのであれば、不適格者を投票という制度も考えに含めるべきだろう。


さて、民主党の力をそぐにはどうしたらよいかという視点はともかくとして、やはりたちあがれ日本に投票するのもどうかなぁ。
夕刻に平塚駅前でたまたま「たちあがれ日本」の候補者が演説しているのを見かけた。応援演説に来ていた中山恭子参議院議員と握手もした(私が通りかかった時にはすでに中山議員の演説は終わっていたのだが…)。しかしよく初日から平塚なんていう辺鄙な場所に来たなぁ。普通横浜とか川崎とか大都市で手いっぱいで平塚なんかは後回しだろうに。あっ、平塚は7月頭は七夕祭りで駅前がつかえないから先に来たのか?

それはともかく、演説を聞いても特に印象に残るようなことは言っていない。なんかあたりさわりのないことを言ってるだけで、ちっとも面白くない。聴衆の関心を引くようなスピーチができてない段階で「こいつ本当に勝つ気あんのか?」って感じちゃうのだが、スピーチがだめならせめて外見くらいは目立とうとしなければ、本当に何のために選挙に出てるのかわからない。選挙ってのは参加することに意義があるって意識ではだめなのである。
いつも参院選で私の考えに一番近い維新政党新風に私が投票しないのは、新風の選挙運動が、とても勝とうと思ってやっているようには見えないからなのだが、今回のたちあがれ日本の候補者も勝とうとする意欲っていうのが見えてこないように感じたのだ。勝つためにああらゆる手段を講じる候補者なら応援する甲斐もあるだろうが、勝ちたいって意欲がないものなど応援しても時間の無駄以外の何ものでもないだろう。

それはともかく、外見で注文をつければ、ノーネクタイで演説ってのが、もう私の感性からは大きく外れている。候補者ってのは有権者に投票をお願いする立場である。お願いである以上礼儀というものを念頭においてしかるべきであり、ノーネクタイの略装でお願いされても、誠意を疑うだけである。少なくとも日本再生を旗印に掲げている者が日本人としての礼節を軽視しているようでは信用などできるわけがないではないか。
まさかクールビズの延長線上の考えでノーネクタイで出てきた? そうだとしたらなお悪い。私はクールビズを何の検証もなしに信じるような輩は絶対的に信用していないのだ。


さて、本当に11日の投票日はどうしよう…。

テーマ : 2010参院選
ジャンル : 政治・経済

サクラストーリーの作法など

またまた公式を名乗るサクラ大戦サークルの話である。

小説を書いているという人に対し「自サイトの宣伝だけするのではなく、感想を受け付けるなどしてサークルを盛り上げようとするくらいのことはしやがれ!」というようなことを言った。それに対して、「じゃぁ、そういうことも念頭に置いてやってみよう」って人も現れた。そこまでは良い。しかしその辺の意図を理解してない人もいるようである。

せっかく、サークル上で感想を書き込めるような形のレビュースレが立ったのに、感想の書きようのない単なる宣伝にしか見えない書き込みをそのスレにしている。登場人物を並べ立てただけでどんな感想を書けというのであろうか。百歩譲って、そのスレのレビューを見て関心を持った人がその作者のサイトでストーリーを読み、その後サークルに戻ってきて感想を書くということを考えているのだとしても、登場人物だけで関心を持つ人がどれだけいるというのだろう。感想を書くためのスレを汚したにすぎないのではなかろうか。宣伝の効果がないと気づいて宣伝書き込みをやめてくれるのならそれでもいいだろう。しかし宣伝効果についてしっかり考えてやっているようには見えない。

更に百歩譲って、感想を受け付けたいという意図を理解し、賛同しているものの、どうしたら感想をもらえるかの手段がわからず、感想をもらいたいことを表現する文章力もないということもあり得るかもしれない。そういう風に甘い目で見たとしても、そもそもその作品自体が問題をはらんでいるように思える。




サクラストーリーを書く上で、暗黙の了解というのが昔はあった。

まず一つ目は、『公式登場人物を勝手に殺さない』というものである。まぁこれは当然であろう。たとえば神崎すみれファンにとって、すみれが死んでしまう話など見たくはないだろう。花組隊員に限らず三人娘にもファンはいるし、米田中将のファンもいる。野々村つぼみファンだっているかもしれない。公式登場人物を殺すということは、そのキャラのファンの神経を逆なでする行為とみなされかねず、余計な諍いを引き起こす可能性があるのでやってはいけないのである。

二つ目は、『大神と特定の花組隊員を結婚させてはいけない』というものである。これもファンそれぞれに「大神は○○と結婚するんだ」という思い入れがあるのだから(私のように「大事な花組の娘達は誰一人として大神にはやらん!!」というのもいるけど)、それ以外の娘と結婚させるストーリーというのも余計な諍いの原因となり得る。

三つ目というか、暗黙の了解の中に含まれていたかどうかは定かではないが、「日米戦争を起こさない。太正時代を勝手に終わらせない」というのもあげておきたい。これは初期のころから公式サイドにより『サクラ大戦の世界は日米戦争につながらない世界として設定した。大正は15年で終わっているが太正はそれ以後も続く』と言明されていた、サクラ大戦の根幹をなす設定である。その根幹を無視して日米戦争に公式登場人物を参戦させたり、勝手に照和やら平正やらいう年号を作り出したら、それはすでにサクラ大戦のストーリーとはいえない。



もちろんこれらの暗黙の了解を十分に理解したうえで、あえてそれに反したストーリーを書いても、読者を十分納得させるだけの力量のある人っていうのもいないとは言わない。しかしそういう極めて才能のある人でないのなら、上記ルールを遵守すべきであろう。
特に、(人のめったに来ないような自サイトで自慰的に書き連ねているだけならともかく)公式BBSだとか公式サークルだとか、公式を名乗る場所に書き込むなり宣伝するなりの作品であれば、絶対にルールを破るべきではないだろう。

さて、件の人は上記ルールに反した作品を書いている。もちろんそうしたルールがあることさえ教えてもらったことがないのだろう。そういう意味において、そうしたルールをきちんと伝承してこなかった古い人間にも責任はあろう。
まぁ、今のサークルには、たとえファン一個人の作品に対してであっても批判的な意見を書き込める人は少なそうだから、余計な諍いなど起きないかもしれない。しかしこのまま放置してよい問題であるとも思えない。
どんな読者でも諍いを起こさせず納得させるだけの力量のある人なら、まぁなんとかなるかもしれないが、残念ながら、サイトを見に行って作品を見てみた限りではそんな力量があるようには見えない。
というか、厳しいことを言うようだが、内容云々以前に「もっといろいろ本を読んで、小説の書き方を勉強してから出直してね」というレベルにしか見えない。(たとえばカギカッコごとに『と言った』ってな具合にいちいちつけられたのでは読むテンポが崩れて、読んでいてすごく疲れる。数行しか書いてないページすらあるのに、それを数ページを読んだだけでもう読む気をなくしてしまった。カギカッコが付いている段階で誰かが言ったことであるのは明白なのだから、声を出して言ったのか心の中で言ったのかを明確にしたい場面を除いて、いちいち『と言った』なんてつける必要はないだろう。そういう適度に端折る技術が身についてないから小説というより作文を読んでる気分になっちゃうんだよね)
とても宣伝してまで人に読ませられるレベルではないように思う。



誤解しないでほしいのだが、すごく厳しいことを言っているが、別に件の人に対して含むところがあるわけではない。それどころか、甘やかしているとすら言える。
相手がムサイおっさんだったら、とっくの昔に問答無用でたたきつぶしている。今回の相手が高校生(しかも女の子だっけ)だと思えばこそ、たたきつぶしもせず「誰かもっと穏当な言葉でたしなめることのできる人募集」ってな感じでこんな辺境でぼやくだけで我慢しているのである。

しかし私の堪忍袋の緒の耐久力もそう高くはない。このままなら近いうちに大暴れしちゃうぞ。

あと、レビュースレは感想を受け付けるために作られたスレ。ここに感想が付かなければ、単に看板を替えただけの宣伝スレってことになっちゃう。そうなたらスレの存在自体を攻撃対象にすることも考えねばならなくなってしまうので、読者は拍手ボタンを押しただけで満足せず、しっかり感想を書くようお願いしたい。

軍歌を歌い継ぐ会に参加してきた

軍歌を歌い継ぐ会の例会があったので、再び参加させていただいた。
会場は前回参加した時と同じく九段の偕行社。
なかなか都合がつけられず、やっと今回二回目の参加をさせていただいた。決して会場が偕行社のときだけ参加することに決めていたわけではない。
今回は前回参加した時と比べて参加者数も多かった。

例によって、会員の方の作ったカラオケ映像と、キーボード演奏の二本立て。
前回は伴奏のほうは頼めなかったのであるが、今回はカラオケ映像と伴奏一曲ずつ歌うことができた。
伴奏はいいなぁ。歌い手が歌いやすいテンポで歌っても、伴奏のほうをそれに合わせてくれるから歌いやすい。今回頼んだ曲ではキー調整は必要なかったけど、必要な曲ではキー調整した伴奏も頼めるのかな?

会員の方の作ったカラオケ映像は、さらに種類が増えている。軍歌だけでなく自衛隊の歌まで含まれている。あいにく聞いたことのある曲はない。
自衛隊の歌と言えば、『この国は』とか『栄光の旗の下に』とか『治安の護り』とか、なかなかよさそう。これらのカラオケを作ってもらえるのなら私も自衛隊歌を歌えるように練習してみようかな。

今回も二極しか歌えなかったものの、さまざまな歌を聴くことができて、十分楽しむことができた。次回以降も楽しみである。


歌い継ぐ会の例会ではないが次に軍歌を歌いに行くのは8月15日当たりだろうか。おそらく今年も『昔のうたの店』は8月15日は軍歌の日ってことにするだろうし。

誰か私を連れてって

さて、夏といえば富士山。詳しい日程は決まっていないが今年も富士山に登りに行くことは決まっている。
しかし登りに行くだけが富士山ではない。もう一つビックイベントがある。

http://www.mod.go.jp/gsdf/fan/fire_power/index.html

いや、これ富士山のイベントと違うし(笑)。


ということで今年は8月29日開催の富士総合火力演習である。このイベント、以前から行ってみたかったのだが、入場券が当たったためしがない。オークションで入手するのも値段がねぇ…。

今年も6月7日から応募受付が始まっている。7月7日が締め切り。当然私も応募する予定ではある。しかし毎年倍率が高いからなぁ。

で、これ、当たれば一枚の当選券で4名まで入場できる。自分で当選券を入手できるのならばそれに越したことはないが、もし当らなかったら、当選した人で人数に空きのある人に連れて行ってもらえればなぁ、と思ったわけである。

ということで、もし私の応募分が外れたら誰か私を連れてってください。

逆に私のが当たったら、自分ひとりで行くのではもったいないので、枠の残りの3人分をこの場で募集しようと思っている。ちなみに私は一般券駐車場なしで応募の予定。青少年券のほうが当たりやすいのは確かだが、29歳以下の同行者ができるかわからないのでとりあえず一般券で応募。

当たると良いなぁ…。

菅内閣について思う

菅氏が首相になった。で、この支持率が60%越え。鳩山内閣末期と比べて、急激な支持率アップである。
国民は一体何を考えているんだろう。民主党政権の迷走ぶりをいやというほど見てきたはずなのに、首相が鳩山氏から菅氏に代わっただけでいったい何を期待できるようになったというのだろう。

このブログでも財務大臣としての菅氏を批判したことがあるが、経済政策の適否以前に、この菅氏の姿勢というのは首相にふさわしいものとは思えない。

今まで坊ちゃん政権が短期間で政権を放り出してきたことから、サラリーマン家庭出身ということで多少は骨があるんじゃないかと期待したり、厚生大臣時代の情報公開の実績から官僚制の打破に邁進できるのではないかと期待したり。菅氏自身も自らを庶民派とアピールして人気をとろうとしている。



しかし、坊ちゃんだから打たれ弱くサラリーマン家庭出身だから打たれ強いというわけではない。
本来でいえば、気概というものをたたきこまれ、自らの名誉のためにも弱音などはかぬように訓練されているのがエリートというもの。まぁ、今の坊ちゃんは教えられるべきことを教えられず、身につけているべきことを身につけないまま表に出てきてしまっている以上、昔のエリートのような打たれ強さは望めないかもしれない。
しかし、それは庶民とて同じこと。むしろ庶民は守るべき名誉なんて考え方もしないだろう。そうすると何を心のよりどころとして立ち続けることができるのだろう?

さらに言えば菅氏が市民活動家出身であることもマイナス要因である。
市民活動家というのは基本的に『悪いのはすべて自分以外』という考え方をしがちである。自分が悪くないと思っているのに自分の思った通りにことが進まなかった場合どうなるか。
思った通りに進まないのは官僚が悪いと責任転嫁して怒鳴りつけたところで(「イラ菅」というあだ名の由来ともいえる下の者を怒鳴りつけるのはこうした心情によるものだと思うが…)、できることとできないことがあるのは自明のこと。できないことはできない。
自らの非を認めることができれば失敗の原因を究明し別の形で実現しようと再挑戦できるかもしれないが、自らの非を認めないものだと、不貞腐れて放り出すのが関の山ではあるまいか。



また庶民派であるというのは美徳でも何でもない。首相というのはまず国家を考えるべき存在である。
庶民の生活レベルで正しいことが国家として正しいとは限らず、国家として正しいことが庶民の生活レベルで正しいとも限らない。庶民感覚で国家を論じるのは危険なことである。だから首相というのは、たとえ庶民の支持を得られなくても国家百年の大計にもとづいて決断しなければならない。

庶民の視点から政府の施策に行きすぎがないか検証するというのは野党のすべきことであって、首相のすべきことではない。首相は徹頭徹尾国家という視点でものを考えなければならない。
首相が庶民派であることをアピールするというのは、自ら首相の器ではなく野党の党首レベルの人間であると宣言しているようなものである。そんな者が我が国の首相だなんて、恥ずかしいにもほどがある。たとえ首相の器ではないことを自覚していても、少しでも首相の器に近づけるよう自らを向上させていこうという意欲を見せることはできないのだろうか。



実務的な面からいっても庶民派をアピールするのはマイナス以外の何ものでもない。庶民の要求というものはころころ変わり、それに振り回されている限りは何事も進展しない。
しかし『庶民派』を名乗っている以上、庶民の要求にこたえようとせざるを得ない。それができなければ、庶民からの期待が高かった分その反動も大きくなってしまう。
庶民派を名乗るということは自らの手足を縛ることにしかならないのだ。


このように首相に適任とは思えない菅首相の、内閣支持率が高いってのはどうにも理解できない。国民はもっと人を見る目を持つべきではなかろうか。

テーマ : 菅内閣
ジャンル : 政治・経済

また天気が…

今日は富士山の中腹に、ハイキングに行ってきた。場所は須走口五合目付近の小富士、幻の滝など。できればグランドキャニオンまで下り、昨年夏に断念した部分を補完しようと思っていた。

何日も前から天気予報を気にし、天気図を眺め、晴れる日を選んだはずであった。
しかし朝、空の様子を見ると曇っている。まぁ雨が降っているわけではないし、箱根の山の向こう側ではまた天気も変わってくるだろうということで出発。案の定電車に乗っているうちに薄日が差してくる。
この時期はまだ土日祝日に一日二本しか須走口行きバスは出ていない。つまり様子見をしながらバスに乗るかどうかを決めるなんて余裕はない。薄日は差したりするが晴れる様子は一向に見えない。どうするか。雨は降っていないから行くことに決定。9時40分、バスに乗り込む。

そして10時35分五合目到着。
霧の中…。

まぁ昨年のときよりかは霧も薄いかな?
しかし何にしても富士山を背景とした小富士や幻の滝というのは見られそうにない。しかしせっかく来たのだから行くだけいってみよう。幻の滝が出現するのは午後からだから、まずは小富士に行くか。そう思った瞬間、

ポツリ

…降ってきやがった。まぁ、森の中でかなり雨も防げるので、わざわざ雨具は出さず、様子を見ながらゆっくり進む。だんだん雨が強くなって、やがてあられに変わった。標高が高くて気温が低いせい? 
降っていた雨・あられも樹林帯を抜けて小富士に着くころには上がり、薄日が差す。通り雨程度の時間で止んでくれて助かる。しかし雨は止んでも雲の量が多すぎてやはり富士山は一部しか見えない。

小富士


待っていてもこれ以上状況は良くなりそうもないので、小富士をあとにし、幻の滝に向かう。


幻の滝は五合目のバス停から小富士とは反対方向に進んだところにある。雪解け水が流れ落ちる滝で、雪のとける量が、砂地が吸い込む水の量を上回る気温の時間帯だけ見られる滝である。当然雪がとけきれば現れない。ということでこの5月下旬から6月上旬あたりの時期の昼間の数時間だけ現れることから幻の滝と呼ばれている。

時期が少し遅かったのか、幻の滝から帰ってくるハイカーが教えてくれるところによると下流のほうはすでに枯れているとのことなので上流に向かって登っていく。「いや、帰ってくるにはまだ早い時間なんじゃないかなぁ。たぶんまだ滝が現れたばかりの時間。これから気温が上がれば水量が増えて下流でも見られるかもしれないし」と気付いたのは幻の滝に到着してから。酸素が薄いせいで、ただでさえ鈍い頭の回転がさらに鈍くなっていたようだ。下流でも見られるなら登る量も少なくて済んで楽だったのに。

水量はチョロチョロといった程度。晴れていてもっと気温が上がっていれば水量も増えたのだろうか。youtubeなどにアップされている映像ではもっと水量があるように見えるからねぇ。

幻の滝

しかし何にしても雲に隠れて富士山は見えない。小富士のときのように富士山の一部分でも見えるようになる瞬間がないかと待ってみる。昼食をとりながら待つ。さらに上流まで登ってみながら待ってみる。そうしたら霧にまかれてしばらく動かない方がよさそうになったり…。
結局待っている間に富士山は顔を出さなかった。残念。



仕方がないのでバス停に戻る。バスの発車時間は14時40分。ちょうど1時間半後である。どうするか。
グランドキャニオンまで旧登山道を下りて、その最寄りの馬返しバス停からバスに乗る予定であったのだが、五合目からグランドキャニオンまでは徒歩だと約一時間半とされている。五合目から馬返しまではバスなら20分はかかるまい。
計算上は間に合うはずなのだが、本当に予定通りに進むことができるのだろうか。なにぶんにも地図にも載っておらず、通る人もそれほど多くはなさそうな旧登山道である。
小富士に向かう途中で旧登山道との合流部は、見えることは見えたがわかりやすいとはいえない。その先のコースも、所々にピンクのリボンが目印として結び付けられているようだが、人通りが少ないということはその目印がはずれちゃってる場所があってもおかしくない。目印を見失って時間を浪費する可能性は低くはないだろう。
それに目印を見失うことがなかったとして、コースの状況が分からない。倒木などで道がふさがれていればその分時間がかかる。
それに、ただ下ることが目的ではなく、グランドキャニオン見物が目的である。見物にはそれなりの時間も計上した方がよかろう。
そう考えると、バスに間に合うかどうかは微妙であろう。このバスに乗り遅れると次のバスはない。まぁ、バスに乗り遅れても麓の浅間神社まで下りれば別路線のバスには乗れるだろうけど…。

まぁあわてて駆けおりようとしてけがをしてもつまらんので、今回はグランドキャニオンはあきらめておとなしくバスで降りることに。



時間が余っているので、旧登山道をちょっとだけ降りてみた。今回歩いた範囲ではところどころに標識もあり、目印のリボンもそれほどわかりにくくはなかったし、踏み跡もわかる程度ではあった。まぁ、そのあとも同じ状況かはわからないけれど、夏にはこの旧登山道を通ってグランドキャニオンを見物しながら頂上を目指してみるか。 

テーマ : 登山・ハイキング
ジャンル : 旅行

クールビズの怪しさ

衣替えの季節となり、新聞の政府広報の広告でもクールビズが勧められ、閣議がかりゆし着用で行われたことが新聞記事になったりしている。

しかし、このクールビズなるものが出てきてからだいぶたつが、何年経ても理解できん…。なんでこんな胡散臭いものが国策として推進されてるんだろう。
というか、クールビズって環境保護のためであるかのように言われているが、どうしてこれが環境対策のためだなんて信じられるのかがわからない。

クールビズを着用することにより必要以上に冷房を効かせる必要がなくなるので環境保護に役立つのだと説明されているが、私の経験上、こんなことはあり得ない。

私はアルバイトも含めれば様々な職場で働いてきた。そこで経験してきたことから二点指摘したい。


まず第一に冷房の設定温度を下げるのは背広を着ている男性ではない。
若い女性どころか男性までもが「寒い」と言って冷房を弱めたり止めたりしようとしている中、「暑いわねー」などとほざきながら冷房を強くしていくのは大概オバチャンであった。面の皮が厚いせいで冷気が神経まで届いてないのか?
とにかく自分の財布が痛まない限りは使わなきゃ損とばかりに冷房をガンガンに効かせようとするオバチャンというのをあちこちで見かける。

第二に、オフィスの主役は人ではなくコンピューターである。
今のオフィスには個人用のパソコンから大型のオフコンまで、さまざまなコンピュータが稼働している。そしてそのコンピューターっていうのは大抵熱に弱い。コンピューター自体が発熱するのだから、きちんと放熱できないと熱暴走をしてしまう。
そのため、人間の快適さよりもコンピューターの快適さを優先させて室温を下げているケースというのもある。コンピューターにとって快適な温度に設定された部屋で、背広を防寒着代わりに着なければ仕事をやってられないというのも経験した。


このように男性が背広を着ていようがクールビズを着ていようがオフィスの室温にはたいして影響がないように思える。男性が背広を着ているから冷房を強くしているのではなく、ほかの理由で冷房が強くて寒いから背広を着ているのではなかろうか。
そもそも、来客の際には上衣も着用するのが礼儀であろうが、客がいないときオフィスで上衣を脱いでワイシャツ姿で仕事をするのを禁じている会社なんてどれだけあるだろう?もしワイシャツ姿での勤務を認めない会社が多いというのであれば、確かに背広姿の男性のせいで冷房を強くしているということができるかもしれないが、そうでないならば言いがかり以外の何物でもないだろう。

もちろん私が様々な職場を経験してきたとはいっても、日本にあるすべてのオフィスから見れば1%にも満たないごく少数に過ぎないわけだから、私の経験したことをもとに私が正しいなんて言いきるつもりはない。しかし上記の例のような経験をした人は少なくないのではなかろうか。そんな中、男性の背広姿のみを標的として攻撃するのは平衡のとれた見方とは思えない。環境保護のためというのは隠れ蓑にすぎず、何か別の目的のためにクールビズなんてものをでっち上げたのではあるまいか。



そういえば昔、『カジュアルフライデー』なる運動があった。金曜日だけは背広を着ないで私服で仕事をしようっていう運動で、服装を変えることで発想の転換ができたり職場の雰囲気が明るくなったりというのを目指していたらしい。
まぁ、服装を変えなきゃ発想の転換ができないような頭の固さだったら、服装を変えてもたかが知れてるだろうというのは置いといて、結局この運動は日本社会全体でみると定着しなかった。

このとき背広を脱がせネクタイをはずさせるのに失敗した勢力が、環境保護という錦の御旗を掲げてリベンジしようとしているのではあるまいか。


なぜそこまでして背広を脱がせ、ネクタイを外させたいのかわからないが、大方、そうした服装を権威主義と結びつけ、そうした権威を破壊することに生きがいを感じているサヨク連中の策謀なんだろう。そんな代物に馬鹿正直に付き合う必要もなかろう。
どうしても環境が気になるというのだったら、一層のこと、絽の紋付羽織袴で仕事をしてみてはどうだろうか。通気性の良い素材でネクタイもなし。なのに背広姿以上に格式ある格好。もしクールビズ推進論者がこれにケチをつけてきたら、クールビズが環境保護とは何のかかわりもないことの証拠となるんじゃないかなぁ。

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