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日野光治

Author:日野光治
馬鹿と煙は高い所に登る。
しかし高い所に登らなきゃ見えない景色もある。
政治だって『庶民の目線』なんてのがもてはやされてるけど、そういう低い位置からだけしか見ていなければ道を誤る。
ということで、馬鹿は馬鹿なりに今日も好き勝手に政治放談したり山歩きをしてみたりと、気ままに生きてます。

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打ち水

大暑である。快晴が続き気温がどんどん高くなる時期。毎年この時期になると「打ち水大作戦」(http://uchimizu.jp/2010/)なるイベントも始まる。

打ち水をすると、それが蒸発するときに気化熱を奪っていくために気温が下がるという理屈だと説明されている。

まぁ、間違ってはいないと思う。少なくともクールビズの効用よりもよほど説得力はある。でもなんか胡散臭く感じてしまうのは、数年前に『銀座千人涼風計画』なる打ち水イベントに参加した時の経験によるものだろう。

歩行者天国で車の止まった銀座中央通りに水をぶちまけて気温を下げようってイベント。あらかじめ3・4か所ほどで気温が測定されていて、水をまいたことによりどれだけ気温が下がったかイベント参加者の前で公表されるという趣向であった。

しかし、実際のところ、気温はそれほど下がらなかったのである。測定場所それぞれで、道路の表面温度は下がっていたが、気温は変わらないか、せいぜい0.5度しか下がらなかったのである。まぁそうだろう。舗装された道路に水をまいたって蒸発する前に雨水路に流れて行ってしまうだろう。
会場では司会者も「0.5度しか下がりませんでしたが水をまいてる最中に風が吹きました。この風は皆さんが吹かせたのだと思います。」と、きれいにまとめようとしていた。
そんなかっこつける必要ないのに。本当に気化熱で気温を下げようと思ったら、打ち水という形で地面に水をまくより、噴霧器で空中散布した方が効率的。水をまいただけで0.5度でも下がれば十分成功であろう。

ところが後日掲載された結果報告では、なんと1.5度下がったことにされていたのだ。同一箇所での測定結果比較では0.5度しか下がっていなかったわけだから、数か所あった気温の測定場所の中から、もともと気温が高かった場所の水まき前測定結果と、もともと気温が低かった場所の水まき後測定結果を組み合わせたのだろう。あるいは架空の数値をでっち上げたのか。
これは実際に参加した者を馬鹿にした行為であり、関心を持ってくれている人を欺く行為である。

自分たちのやってることにやましいところがなければ、こんなごまかしをする必要などないのではなかろうか。やましいというのは言いすぎであるにせよ、目的を見失っているとは言えよう。目的を見失って本来の目的から離れちゃうと、ろくなことにはならないと思うんだよね。

打ち水自体に悪いことはない。まぁ元々打ち水ってのは気温を下げるためというよりも埃が立たないようにするってことに主眼が置かれていたようなものであるし、気温も下がれば儲けもの程度に考えてやる分には大いに結構。残り水をただ捨てるよりはマシではあろう。
しかしこの何の問題のない「打ち水」が「打ち水運動」になるとねぇ…。
要するに暮らしの知恵としてやってるんじゃなくて環境問題としてやってるのが問題なのだろう。CO2排出量を減らすためにはクーラーを控えなければならないし、そのためには打ち水で気温が2度下がらなければいけないって発想なわけでしょ。そのうえ、打ち水ごときで「自分は環境に優しいことをしてるんだ」なんて自己満足に浸りたいだけだったりするわけでしょ。もうウンザリ。


ということで、私は打ち水大作戦などの運動とは無関係に、埃対策として水を撒こうと思う。夏に限らずにね。
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クインケ浮腫?

明日17日から富士山に登るつもりで準備をしてきたのだが、前日になって体調の問題で延期。せっかく天気もよさそうだったんだけどなぁ。

まぁ体調の問題とはいっても別に寝込んでいるわけではない。運動機能という面においては問題ないと言えるだろう。ただ単に瞼が腫れてるだけなんだから。

ゴールデンウィークのころから月に一度くらいの頻度で瞼が腫れあがるという症状が出ていたのだが、それが出ちゃった。まぁ最初の一回は翌日まで腫れが引かなかったものの、それ以降はおもに夜になって発症し、翌日の朝には目立たない程度までには回復していたため、病院での診察は受けていないのだが、痛みやかゆみがあるわけでもなく目ヤニや膿が出ることもないので、細菌性のものではないだろう。で、ネットで調べてみたところ、『クインケ浮腫』というのに症状が似てると思う。蕁麻疹の一種らしい。

で、このクインケ浮腫、顔に症状が出ることが多いものの、腸で発症して下痢を起こしたり、気管で発症して呼吸困難を引き起こしたりもするらしい。そういえば瞼が腫れた翌日に腹を下したこともあったなぁ。

さて、クインケ浮腫だとした場合、今までの傾向からすれば、明日までには瞼の腫れは引いているだろう。たとえ朝の時点でまだ腫れが引いていなくても夕方までにはおさまっている可能性が高いし、山登りの最中に人の顔をじろじろ眺める余裕のある人ってそう多くはないだろう。それ以前に夕方までの間は人のほとんど通らないところをさまよってるはずだし。
だから瞼の腫れだけの問題ならば明日の登山に支障はない。(電車やバスの車内では瞼の腫れが目立っちゃうかもしれないけど)

問題は顔以外の症状に対する不安である。確かに今まで呼吸困難の症状は出たことはない。しかし因果関係は証明できないものの、下痢の症状を併発したと解釈できることはあった。気管のほうに症状が出ないという保証はないのだ。ただでさえ空気が薄い所に行くのに、そんなところで気管に発症などしたら、さまざまな人に多大な迷惑をかけてしまう。発症の原因が特定できていれば対策の立てようもあるが、原因が特定できない以上、容体が完全に安定してから登りに行った方が安全であろう。

もちろん原因が特定できない以上、一カ月に一度程度の頻度の、次の一回が一週間後という可能性もないわけではないが、治りきるかどうかのギリギリの状態で行くよりはマシなんじゃないかなぁ。





来週の天気も良いといいなぁ…。


参院選の結果についての感想

12日1時現在、参院選の開票も進み、選挙区のほうは出そろい、比例のほうの配分もだいぶ進んでいる。

結果については後日またじっくり書くかもしれないが、とりあえず感想の第一報って言った感じで。

まずは民主党の大幅減、おめでとうと言ったところだろうか。ただ、昨年の衆院選の時にも書いたが、ねじれ国会で時間を浪費する余裕は今の日本にはない。民主党の暴走に対する歯止めとはなったものの、日本自体が失速しては何にもならない。そういう意味で手放しで喜ぶ気分にはなれない。結局昨年の衆院選での国民の馬鹿な選択のつけはまだ残っているってことだろう。

しかし、民主の議席減は予想していたものの、自民がここまで盛り返すとも思っていなかった。まぁ有権者も、「民主も自民も嫌だから共産に入れてやろう」なんてところまでは馬鹿ではなかったということか。そこまでの馬鹿だと思ってたよ。実際、今回の選挙結果だって、自民党の政策がよいから自民党に投票したというわけではあるまい。なんとなく民主党は嫌だけどほかに選択肢がないからとりあえず自民党に入れておこうってだけのことであり、展開によっては共産党に票が流れるということもありえたと思う。今回の勝利に自民党がおごることがあれば、次の選挙で大量の票の流出を許すことになろう。

神奈川選挙区については、民主党現職、しかも現職法務大臣である千葉景子氏が落選。単に民主党の議席を奪ったという以上にインパクトのある結果である。もちろん大臣というのは議員でなくてもよいわけであるから、留任ということになる可能性が高いが、民間人を大臣に据えるのと選挙で負けた者を留任させるのとではイメージが違う。千葉氏にはぜひ留任していただいて民主党のイメージ悪化に努めていただきたい。そしてそれによって解散総選挙を促し、ねじれ状態の解消に一役買っていただきたい。まぁ、この方の場合は議員だろうが無かろうが民主党のイメージを低下させていたようにも感じるが(笑)。

さて千葉氏から議席を奪ったのは私の予想とは違ってみんなの党。市町村別得票数が公表されるまでははっきりとは言えないが、みんなの党って大都市部の票だけで勝ったんじゃあるまいか。
平塚というのは河野一族の牙城、自民支持者の多い地域であるとは思うが、それを差し引いてもみんなの党の存在感って実感できなかった。そんな存在感のない党が議席を奪えるとは思えなかったのだが、別の市ではまた別の印象を持たれていたのだろう。

このみんなの党であるが、選挙区で議席を得たのは東京・神奈川・千葉。イメージとしては都会型の政党ってことになるだろうか。なるほど、神奈川の中でも平塚なんてド田舎では存在感が薄いわけだ。しかし日本って、まだまだ田舎のほうが割合的に大きいんだから、みんなの党も今後にお選挙でこれ以上拡大できるかどうかは微妙だろう。


あとはたちあがれ日本が比例で一議席取れるかどうかが気になるといえば気になる。改革や創新党はたちあがれより票数が少ないみたいだからほぼ見込みなしと言ってよいだろう。

結局みんなの党も保守系新党も第三極を目指すといっていながら現実は第三局足りえない状態であることがわかってしまったといったところではなかろうか。さて、今後の日本はどうなっていくのだろうか。

とりあえずは、簡単だがこの辺までで。

テーマ : 2010参院選
ジャンル : 政治・経済

今の若い者の『思いつきで』って、本当に思いつきなんだね

思いつきでろくな準備もしないで富士山に登って、救助要請しちゃった人がいるらしい。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100703-00000527-yom-soci


まぁ、富士山って観光地化されてるから、なんとなくで行っちゃうって気分もわからなくはない。
私だって始めて富士山に登ろうと思った時は思いつきだった。でも私の場合、思いついてから、使えそうな道具を見つくろったり、天候を気にしたりで、結局実際に登ったのは思いついてから2週間近くたっていた。

まぁ5合目付近のハイキングコース(例えば宝永山遊歩道だとか小富士遊歩道だとか)なら思いついたその日に行ってもいいかもしれないけど、頂上を目指そうっていうのなら思いついたその日に登るってのはいささか無謀だね。普段から山に登りなれてる人ならともかく。

で、この人、暗くなる前に下山できなくて『暗くて道がわからないから助けてくれ』ってことらしいんだけど、登るとき時計とか見ないものなのかねぇ。自分が今いる場所までどのくらいの時間がかかったか、今何時か。そういうことに常に気をつけるもんじゃないのかねぇ、たとえ思いつきで登ったのだとしても、いや思いつきで上るからこそ気にかけるべきなのか。

まぁなんにしても、思いつきで登るのだとしても、雨具とライト(日帰り登山のつもりでももしもの時のためにライトは必須)は持っていかないとだめだよ。



あと、思いつきで登ったんだから仕方がないのかもしれないけれど、今の時期って、まだ富士宮口って頂上まで開通してないでしょ。

http://www.pref.shizuoka.jp/kensetsu/ke-000/topics/mt_fuji_road.html

まぁ、ある程度装備をそろえた人ならば登ってもいいかもしれないけれど、軽いハイキング気分の人が登るべきじゃないだろう。
この辺って、マスコミの報道姿勢にも問題があると思うんだけど、7月1日の山開きのことはニュースとして取り上げるけれど、頂上まで開通してるのは吉田口(河口湖口)だけだってことまで触れてる所ってほとんどないんじゃないかなぁ。
山小屋がたくさんあって比較的除雪がすすめやすい吉田口が頂上まで開通しても、ほかのルートでは頂上まで行くにはある程度の装備が必要だってことはきちんと報道した方がいいんじゃなかろか。まぁきちんと報道されても見ない人は見ないだろうけど。



しかしここ数年山開きの日に頂上まで開通するか微妙な状況が続いている。地球温暖化を原因とする説もあるらしい。
曰く、「富士山の気温が低ければ、雪はサラサラのパウダースノーで、風で吹き散らされるから積雪量が少なく、雪がなくなるのも早いのだが、温暖化のせいで湿った吹き散らされにくい雪になったせいで積雪量が増えたのだ」ってことらしい。

…本気で言ってるのかなぁ。
ちなみに昨年の初冠雪は台風の日だったのだが…。いくら湿った重い雪でも台風の強風下では吹き散らされるだろう。つまり吹き散らされるかどうかの問題ではなく、吹き散らされる以上の量が降ったかどうかの問題なのだろう。

さらに、山小屋関係者はこんなことも言っている。

http://mainichi.jp/area/yamanashi/news/20100627ddlk19040069000c.html

5月6月に雪が降るようになったことを原因の一つに挙げているように読めるのだが、違うのだろうか。以前降っていなかった時期に雪が降るようになったというのなら、温暖化どころか寒冷化しているとさえ言えるのではなかろうか。

いい加減、関係性の証明できないことを無理やり温暖化と結び付けて危機感をあおるまねはやめてほしいものである。



まぁ、温暖化しているのか寒冷化しているのかはおいといて、現在の山開きって、ちょっと時期的に早いような気がする。
今でこそ7月1日が山開きの日とされているが、本来は旧暦6月1日が山開きの日であったらしい。今年でいえば新暦7月12日である。昨年だと7月22日か。このころになれば残雪も少ないだろうし、梅雨明け近辺で天候も安定しやすいだろう。
旧暦6月1日っていうのは、きりがよいから決められたという面はあるだろうけれども、季節の気候と照らし合わせて、比較的安全に登れるようになる時期って側面もあるのではなかろうか。旧暦っていうのは新暦と比べて気候との関連をつけやすいといわれている。昔の人の生活の知恵は軽視しちゃいけない。
特に初心者には、新暦7月初旬に山開きしたからといってすぐには登るべきではないことを徹底した方がよいのではなかろうか。

テーマ : 登山・ハイキング
ジャンル : 旅行

湘南ひらつか七夕まつり開幕

日本の三大七夕祭りの一つと言われる平塚の七夕祭りが始まった。

まぁ、三大七夕なんて言ってるけど、そんなに知名度は高くないんじゃないかな。確かに来場者数比較でいえば仙台の七夕祭りを上回ってるはずだけど、知名度で行ったら全然仙台には及ばないだろう。そもそもが仙台のまねして始めたものなんだから当然といえば当然だけど。

しかし、仙台のほうは旧暦で開催しているうえにアーケード内でやっているから、飾りも和紙などを使っているらしいが、平塚は新暦でやってるからもろに梅雨の時期にかぶるうえ、屋外で雨ざらし。そのせいで飾りもプラスチックなどで作られている。笹の葉が風に吹かれてサラサラいうのなら風情もあろうが、プラスチックシート製の吹き流しがガサガサいっても風情などあったものではない。
どうでもいいが、サクラ大戦飾りとか初音ミク飾りとかって出ないねぇ。まぁ数年前には、アニメ雑誌か何かを拡大カラーコピーしたと思しき花組の絵を張り付けた飾りを見かけたことはあるけど。まぁ、有志で作る市民飾りって部門もあったはずだから、資金と人員さえそろえられればサクラ大戦飾りだろうが初音ミク飾りだろうが出すことはできるって言えばできるね。誰かやる?参加申請みたいな事務的なことなら手伝うよ?

七夕期間中は駅は混雑するし、バスは七夕会場を迂回して遠回りになるし、道はこぼれたソースやらジュースやらでベトベトしてるし、昔ほどそういった不利益に見合うだけの経済効果があるのかは疑わしいし。
まぁやめろって言うほどではないけれども、なんとなく鬱陶しい七夕祭り。この七夕祭り、開催期間が7月第一木曜から始まる4日間に短縮されたために、今年は7月7日七夕本番は日程に含まれないことになった。もう何のためなんだかわからないね。

それはともかく、期間短縮の理由ってのが、駅前付近の都市整備の結果とかいうけれども、はっきり言っちゃえば、その七夕会場のど真ん中にできたマンションの住人が文句をつけたってのが真相だろう。
しかし七夕はそのマンションができる前からずっとやっていたものである。おそらくマンションの販売業者も七夕を平塚の目玉として宣伝していたはずである。七夕のことを知らずにマンションを購入したなんてことはあり得ないだろう。
だとすると、七夕のことを知りながら、そのデメリットについてろくに考えもせずにマンション購入を決めたにもかかわらず、その自分たちの考えの甘さを棚に上げて「七夕によって不利益をこうむってるんだから何とかしろ」とわめいていたことになる。冗談ではない。何十年も平塚に住んできてもう我慢の限界だとか言うのであればまだ同情の余地はあろうが、何故自分たちの考えの甘さを反省することもできないごく一部の馬鹿の意見に振り回されなければならないのだ?
私が七夕の開催に賛成・反対というのは関係ない。七夕を鬱陶しく思っていても、自己責任という概念が頭からすっぽり抜け落ちた輩の利益を守るためなんてくだらない理由での短縮は認めるべきではなかったと思う。そんなに七夕による不利益がいやならマンションの部屋を引き払って別の場所に引っ越せ!



さて、七夕自体は鬱陶しく思っているものの、それなりに楽しみな部分もないわけではない。私は浴衣ウォッチングを楽しんでいる。いや、浴衣を着ている女性はそれだけで魅力が3割くらいアップするとは思っているが、私が見ているのは女性ではなくて浴衣の着こなしである。ちなみに甚平を着ている女性は私の感覚では魅力が7割くらいダウンするのであるが、今回はそういう私の好みの話ではない。

とにかく七夕まつりに浴衣で来る女性は多い。で、数が多くなれば、それだけおかしな着方の人も出てくるわけで、そういうのを見て笑い飛ばそうっていうのが趣旨である。

例年よく見かけるのが、衣紋を抜いてない人である。浴衣に限らず女性の和服ってのは男性の和服と違って、衣紋を抜く(襟を首の後ろから少し離して着る)のが基本である。というか、普通に着れば自然と衣紋が抜けるような造りになってるんじゃないかなぁ。
それを無理して首に沿わせた着付け方をしているから、全体的に不自然な格好になっちゃう。
まぁ若い娘にとって和装ってのはなじみが薄いだろうから、正しい着付けがわからないっていうのは仕方がない。でもそういう和装になじみのない娘が自分だけで浴衣を着れるわけがない。たとえば親が着付けを手伝っているとして、その親は衣紋を抜かない着方についてなんとも思わなかったのだろうか。まさか親自体がすでに和装の知識のない世代なのか?

しっかり着付けができていて、結構似合ってるのに、足元を見たら健康サンダルを履いていたってのも何年か前に見かけた。せっかく似合ってるんだから足元にも気を使おうよ…。

あと、これもまた数年前のことだけど、7分丈の浴衣を着てる人を見たこともある。ようするに普通の浴衣にしては丈が短すぎるけど、ミニ浴衣ほどには短くないという、何とも中途半端な丈のものを着ているのである。私はミニ浴衣を和装とは思いたくないのであるが、ファッションとしては『あり』だと思っている。しかし7分丈の浴衣というのは、私の感覚では『ない』なぁ。
まぁ、男性だったら丈の短い浴衣ってのも『ない』とは言えない。上野の西郷さんの銅像だって丈の短い浴衣を着てるし。でも女性ではダメでしょ。ファッション性がないただの『つんつるてん』だよ、あれでは。
ちなみにここ数年減少傾向に感じていたミニ浴衣であるが、今年は比較的見かけるような気がする。ミニ浴衣が再流行するのかな?

まぁそんな具合で例年楽しんでいたのだが、ここ数年はあまり強烈なのには出食わさなかった。それが今年は初日から結構強烈なのを見てしまったよ。

片方の肩を出した着方をしているのだ。両方出していたら神崎すみれと言ったらわかるだろうか。人ごみを通りぬけるときに着崩れたとかいうのであればすぐ直すだろうから、わざとそういう恰好をしてるんだろうねぇ。
こういうのって文章で書いても、その衝撃や面白さってなかなか伝わらない。写真をさらしてこそって部分もあるかと思うのだが、あいにくカメラを持っていなったのだ。

服装そのものではないけど強烈なのもいた。『体に差し込んで思考や行動を制御する機械が国民に対して使用されてる!』という様な内容の書かれた板を背負った浴衣女性。なんか変な電波を受信しちゃってるのは国民じゃなくてあんただけだよ、きっと。うーん、これも写真でさらしたかったなぁ。




さて、今年は浴衣ウォッチング以外にも苦笑しちゃうようなものがあった。七夕で混雑する中、選挙運動をしてるのだ。駅前では創新党の中田宏候補が演説をしているし、国民新党の江本孟紀候補らは会場内でビラをまきながら歩き回っていた。昼間には自民党の神取忍候補が会場内を歩いていたらしい。私が見かけたり聞いたりしたのはこれだけだが、ほかの党・候補もいたのかもしれない。

まぁ、私にしてみれば「ネタを提供してくれてありがたいねぇ」って感じだけど、それらの候補のところで、握手や写メで人の流れが滞留してしまい、通行の邪魔、七夕飾りの撮影に邪魔ってことで、関心のない人にとっては「空気読めよ!!」って感じだったんじゃないかなぁ。

しかし、別にどこで選挙活動をしようが構わないけど、七夕会場での握手・ビラまきって効果あるのかな?
確かに人はたくさん集まってるけど、その多くは選挙活動以上に関心をひくものがあって、それらの候補者のことに気づかないなんてこともあるんじゃないかな。

まぁ私にとっては効果があろうが無かろうがどうでもいいことではあるんだけどね。

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