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日野光治

Author:日野光治
馬鹿と煙は高い所に登る。
しかし高い所に登らなきゃ見えない景色もある。
政治だって『庶民の目線』なんてのがもてはやされてるけど、そういう低い位置からだけしか見ていなければ道を誤る。
ということで、馬鹿は馬鹿なりに今日も好き勝手に政治放談したり山歩きをしてみたりと、気ままに生きてます。

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サクラ大戦のオフ会をやりたい

しばらく見ないうちに、公式を名乗るサクラ大戦サークルの終了が決まったようである。
SakuraWars.netのBBSへの移住を考えている人もいるらしい。どうなるんだろうねぇ。BBSがにぎわうようになるのは私の望みでもあるわけだが、BBSの住人のほとんどがサークルの方には書き込みをしていないことからわかるようにBBSとサークルでは基本となる文化が全く異なっている。BBSの文化になじめる人というのは限られているだろう。かといってサークルの連中を取り込むためにBBSの文化を捨て去るようなことはしてほしくない。


それはともかくとして、7月にはまた紐育ショウがある。例によって私は初日のA席。
この紐育ショウに合わせたオフ会をやりたいものである。
理由は二つ。
ここ数回、ショウの時期に合わせたBBS系のオフかがなくさびしかったことが一つ。サークルの終了時期から考えてショウの前にはそれなりの数の人がBBSに流入してくるはずであり、そういう人たちにBBSでのオフ会がどのように行われてきたかというか作法というかを伝えるためにも実例として設定したいというのが一つ。どうせサークルからの流入組は過去の事例なんて読むわけないし。
さらに言えば、若いものの相手は別の方にお任せして、大人同士で飲みに行きたいという気分もある。

とはいっても具体的なことは何も決まっていないし、私自身がやるのかどうかも調整した方がよかろう。
まぁ、私も被災地ボランティアで波にさらわれたり富士山で遭難したりということがなければ幹事をやることはできるのだが、私は屋外系の企画ばかりやってきた人間だからねぇ。呑み会ならほかの人にやってもらった方がスムーズに事が進められるし、私自身参加者としてのんびり楽しみたいところだし…。
まぁ得意分野の散策企画をやれと言われればやらないことはないけれども。でも今回のショウは紐育なのに帝都散策で良いのかねぇ。

しかしショウの会場は日本青年館か…。
近くに気になる店(?)がないわけではない。夏なんだから納涼の意味も兼ねてビアガーデンってよさそうに思わないだろうか?
http://www.rkfs.co.jp/brand/beer_garden_detail.html
紐育というか亜米利加のイメージになってしまうが、なんか肉を焼いて食ってるってイメージだから(これはジェミニのイメージか?)その点でもなんとなく合いそうな気はしないだろうか?

だけど屋外だから天気が気になるんだよね。やはり無難に新宿なり渋谷なりに移動した方がよいのかな…。
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環境省を解体せよ!!

少々時間が経ってしまったが、先日、環境省がまた妙なことを言い出した。
曰く超クールビズ。

・・・アホか?

クールビズ自体が胡散臭いものであることは以前にも書いたが、今回はさらにひどい。
何とジーパンもOKらしい。
クールビズというのは風通しの良い涼しい服装をすることによって冷房の設定温度を上げようという試みではなかったのか?ジーンズが涼しいわけないだろう。いったいその辺についてどう説明するつもりなのだろうか?

確かに涼感ジーンズというものはある。素材によっては普通のジーンズよりかは涼しくすることは可能ではあろうが、それがジーンズである以上は風通しがよくはならないだろう。織り方から変えてしまったらジーンズとは呼べないだろうから。普通のジーンズと比較しての相対的な涼しさではなく、さまざまな服装と比較しての絶対的な涼しさでなければ、高く設定された冷房温度に耐えられないだろう。

結局今回の超クールビズなるものは涼しい恰好をすることを目的としているようには全く見えないのである。

今回の超クールビズはあくまでも環境省内での取り組みであり、社会全体に推奨しているものではないとはいえ、こんなでたらめなものを恥ずかしげもなく出してしまえる神経がわからない。



さらに言えば、仮に本当に涼しい服装をしたところで、それを持って冷房を弱めて節電を心がけるという発想は、今の日本にとっては危険ですらあるのではなかろうか?
確かに涼しい服装をすれば比較的高い室温でも人間は我慢できるようにはなるだろう。それを持って、例年なら冷房設定温度を28度にすることが推奨されているところを30度にしようという動きすらあるらしい。
しかし以前に指摘したことであるが、現代のオフィスの中心は人間ではなく、熱に弱いコンピューターなのだ。人間が我慢できるからといって安易に冷房温度を高く設定しコンピューターが熱暴走で止まったらどうするのだろうか?
こういう考えれば当たり前のことを考えないのが今の日本人であろう。節電で冷房を弱めようといえば人間の快適さを考えるだけで満足してしまう。そういう中途半端な考え方がもたらす害悪など想像すらしない。
一見良さそうなことを言われると、それしか見ないで一直線。それで不具合が出ると反動で逆方向に一直線。まぁ、今回行き過ぎた節電のために熱暴走でコンピューターが止まり、日本経済が混乱したところで、電気が足りない以上「冷房はガンガン効かせよう!」とはならないだろうが…。
もうちょっとバランス感覚を養おうよ、日本人。



環境省といえば何やら環境に良い政策を実施する官庁であるかのように見える。しかし、本当のところ何が環境に良いかということは分かっていない部分が多い。それだけでも環境省という独立官庁の必要性に疑問を投げかけるのに十分であろう。
しかし、その上さらに環境とは関係ない施策を、さも環境に関係あるかのように装い左翼の広告塔として活動するしか能がないのであれば、そんな官庁は必要ない。というか役に立つたたないではなくはっきり有害である。
環境省は即刻解体し、環境庁に戻し、他の官庁の指揮下に置くべきである。

浜岡原発停止要求に思う

政府が中部電力に対して浜岡原発の全機停止を要求している問題。
まぁ確かに私も浜岡を含めた原発の一時停止は仕方がないこととは思う。しかしながら、政府の求めていることは今一つ分からない。いったい何の目的で止めようとしているのだろうか?

防潮堤など災害対策が完了するまでの間止めておきたいということらしいのだが、はっきり言ってこの考え方は全く意味がないばかりか、逆に危険ですらあるように思う。

まず、浜岡原発の立地が東海地震の予想地域のど真ん中にあることから、他の原発に比べて災害にあう可能性が格段に高いということが浜岡のみを止めて他の原発を止めない理由とされている。
そもそもこの考え方自体が間違っている。実際に浜岡よりもはるかに低い確率でしか災害に合わない計算の福島の原発があのような事態に陥っている。浜岡を止めなければならないのだとしたら、ほかの原発も災害にあう可能性がゼロでない以上すべて止めなければ筋が通らないし、他の原発が止めずに災害対策ができるのであれば浜岡だって止める必要はないはずである。浜岡だけを特別視するのはナンセンスである。
浜岡を止めてまで災害対策をしたのだからもう安心だなんて気分になってしまったらなおタチが悪い。そういう油断が別原発での重大な事態を招く可能性もあるだろう。

そもそも、防潮堤などの災害対策をしているから安全なんてことはあり得ないのである。たとえどんなに資金と時間を使って対策を講じたところで、思いもよらない事態が起きるのが非常時である。結局のところ、想定外のことが起きるという前提のもとで、それに対処できる人間をそろえることこそが肝要なのである。それを防潮堤や電源車の配備・予備ポンプの備蓄など技術的な対策だけで安心してしまって人間教育がおろそかになれば、必ず破綻する。
逆にいえば、平時の頭と非常時の頭をすぐに切り替えて最善の方策を考え、かつそれを実行できる環境にあれば、福島だってあそこまで被害が拡大しなかった可能性があるだろう。

つまり、浜岡を含む原発を止めねばならないのは、そうした人材育成や、緊急時に迅速に最善の策を打てるような組織形態への改革をするために時間が必要だからであって、防潮堤などの整備による安全確保のためなどであってはならないのだ。



しかし残念ながら、その運用に関するソフトウェアの部分というのは昔から日本人の不得意な分野であろう。日本人は安全基準の高いものを作る技術はあっても、その性能を生かしきる運用をする技術において劣っているように感じる。

例えば戦時中の日本海軍の艦艇。他の国の戦艦が魚雷を4・5発食らえば沈む中20発ほどの魚雷を受けてやっと沈んだ大和型戦艦や、原爆実験の標的艦とされたとき周りの米戦艦がすぐに沈んだのに対して約一日浮き続けてきた戦艦長門など、日本の戦艦はほかの国の戦艦と比べて沈みにくい優秀な艦であったといえよう。これは戦艦に限ったことではなく、他の艦艇についても同様のことがいえたはずである。
ところが、そういう優秀な艦を保有していながら、適切な応急処置がなされなかったために失われた艦や、艦を生かす努力をあきらめて自沈している艦が多いように思う。つまり日本海軍はせっかくの優秀な艦の性能を生かす運用をする技術がなかったということであろう。
それに対して他の国の海軍ではダメージコントロールには特に気を使っていて、かなりの損傷を受けた艦でも何とか基地まで曳航していき修理して再度出撃している例が多いように思う。

原発についても同様であり、古い原発が建設されたころの日本人技術者のレベルは未成熟であった(福島第一原発もそうした古い原発の一つではあるが…)とはいえ、現在の工学的な面での原発技術は世界的に見ても高い方のレベルであることは間違いない。しかしどんなに優秀な原発であっても結局はそれを生かすも殺すも、運転している人間である。本来はその安全な原発を安全に運用するための人材が必要であるのだが、工学的安全を言い訳にして人材面をおろそかにしてきたという傾向がないだろうか?

もちろん、ケースは異なるが、さまざまな不具合を乗り越えて地球に帰還した探査機はやぶさの例のように、運用面で力が発揮できる人材・組織もあるし、今回の福島原発でも所長は運用者として適切な判断を下せる人であったようだから、「日本人だから原発の運転には向かない」とは一概には言えないかもしれない。
しかし、企業の中の一部門としての原発という位置づけでは、運用上の正しい選択が経営判断によって足を引っ張られることもあるだろう。日本では特にその傾向が強いように思える。この部分の対策・改善こそが、防潮堤など物理的対策よりも重要な、原発の安全対策のあるべき姿なのだ。


東電のあり方についての議論も始まってはいるようであるが、残念ながら、それはあくまでも賠償をどう行うかという方法論の延長線上での議論であり、原発の安全な運用ができる体制を作ろうという発想のものではない。このままの体制で原発を運用するのは、原発に推進的な考えを持つ私から見ても不適切に見える。



とにかく今回の浜岡原発の停止が物理的な対策ばかりに気を取られたために、運用の仕方という問題の焦点をぼかす結果にならないことを願うばかりである。

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