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日野光治

Author:日野光治
馬鹿と煙は高い所に登る。
しかし高い所に登らなきゃ見えない景色もある。
政治だって『庶民の目線』なんてのがもてはやされてるけど、そういう低い位置からだけしか見ていなければ道を誤る。
ということで、馬鹿は馬鹿なりに今日も好き勝手に政治放談したり山歩きをしてみたりと、気ままに生きてます。

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先を読めなかったのか?

東日本大震災の津波で倒された岩手県陸前高田市の松を薪(まき)として燃やすことを計画していた京都市の五山送り火。二転三転して結局陸前高田市の薪の使用を断念したそうな。

この二転三転する様は醜悪であった。

そもそも五山の送り火に陸前高田市の松を薪にして使おうなどと言い出したのはどこのだれなのであろうか。(大分の美術家とかいう話を聞いたが、なんでそんな余所者が口を出したんだろう?)
もちろん「被災地のためになれば」という純粋な気持ちからのものであったのだろうけれども、こういうものって思いだけで突っ走るとろくなことにならないってのはわからなかったのであろうか?
東北一帯の稲わらのセシウム汚染のことを思えば『放射能は大丈夫か?』という声が上がることなど少し考えればわかることだろう。
もちろんその辺のことを考慮して放射性物質が付着している可能性のある樹皮をはいだ状態で使おうとしていたのは評価できるが、その辺のことをきちんと周知しようとしていたようには見えない。「被災地のためにやってるんだからみんな賛同してくれるはずだ」などと思いこんで事前説明を怠ったのだとしたら認識が甘いと言わざるを得ない。

案の定、放射能汚染を懸念する声が寄せられる。「燃やした灰が琵琶湖に落ちて水が飲めなくなるのでは」等という極端な意見も寄せられたというが、こういう科学的知識のかけらも持っていないような妄言に対して、懇切丁寧に説明することこそ求められているのに、その労を怠り中止を決定したという。
放射線が検出されていないのに中止などにすれば各方面よりバッシングを受けるであろうということは少し考えればわかることだろう。そういう先のことを考えず、目先の苦情の鎮静化だけを考えていたのだとしたら認識が甘すぎると言わざるを得ない。

で、実際にバッシングが始まると、それを鎮静化しようと、一転受け入れを決める。たとえバッシングを受けようとも自らの決定に責任を持つという姿勢はなく、とにかく非難を受けないようにという自己保身の論理でのみ動いている。
しかしもともと京都に送られるはずだった、放射線が検出されなかった、樹皮をはいだ薪はすでに燃やした後。
本来ならば、代わりの薪の樹皮のはぎ取り作業などにどのくらいの時間がかかるか、送り火の日までに間に合うのかなどを事前打ち合わせののちに受け入れを決定すべきなのに、そうした打ち合わせがされたようには見えない。
以前の薪が放射線を検出されなかったからといて今回も大丈夫だろうなどと考えていたのだとしたら認識が甘いと言わざるを得ない。

急に受け入れることに転換されても準備が追いつかない。特に期日が迫っているのだからなおさらである。それで加工前の樹皮がついたままの状態で薪が京都に送られた。このとき京都のほうでは何をとち狂ったのか樹皮を集めて放射線を計測したという。そりゃ検出されるだろうさ。もともとの計画では薪として使用しないはずの部分なんだから。まぁ、たとえ樹皮をつけたまま燃やしたとしても人体に影響の出るような値ではないけれども。
そういう正当とは言い難い検査を理由にまた使用中止が決定される。樹皮をはいだ状態では放射線が検出されないのが確認されたのにもかかわらず、樹皮をはいで使用するという方法は検討される事もなく中止が決定されたようである。ここでも苦情が出ないようにという自己保身か。もういい加減にしろと言ったところである。


結局のところ、思いつきに飛びつき、認識の甘いまま検証なしに物事を決定し、自己保身をしようとしたばかりに無責任さを露呈させてしまって問題を大きくしてしまったわけだ。まるでどこぞの首相のようである。
いったいいつから日本はこういう醜悪な連中が増えてしまったのだろうか。嘆かわしいことである。
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2011年富士登山記(4) ゴールはどこだ?

さてラストスパートだ。しかし私は足も遅いけれども筆も遅いなぁ。




準備・補給を終え、8時に下山開始。

当初の予定では前日のうちに登頂し、御殿場口を下る途中で宿泊し、八合目まで登り返すか六合目まで下るかして富士宮口に向かうというルートを考えていたのだが、御殿場口を降りるというのはあくまでも予約なしで宿泊するための措置。予定が遅れてすでに宿泊してしまっている以上御殿場口に行く理由はない。富士宮口の六合目より上は登りでも下りでも通ったことがない。良い機会だから富士宮口を下りることにする。

しかし結論から言うと、富士宮口は下るところではなくて登ることだと思う。
登山度と下山道が同一ルートの富士宮口ではあるが、大きな段差が続いている。大きな段差というのは登りでも確かに体力を消耗するものではあるが、あくまでも体力の問題でしかない。しかし大きな段差を下るとき足に受ける衝撃というのは相当ダメージを蓄積させる。体力が有り余っていても足に不具合があれば動けない。体力的にギリギリなところで足に負担をかけるこのコースは下山向きとはいえないだろう。
富士宮口というのは四大登山口の中では2番目に人気のコースであり登山者が多い。それなのにこんな下りに不向きな場所を登山道下山道同一コースにするというのはどうなんだろう。もう少し下りやすい下山道を新たに整備した方が混雑解消にもなってよいのではなかろうか?

まぁそれでも途中まではそれなりのペースで下れたように思う。

とりあえず九合目万年雪山荘の脇から頂上を見上げる。
万年雪


八合目くらいまではほかの人たちと比べてもそう遅くはないペースで降りられたのだが、足のダメージの蓄積により、そこから先ではどんどん後から来た人にぬかされるようになる。皆さんどうしてあんなにスイスイ歩けるのだろうか。道が狭いから追い越しの人に道を譲らなければならないうえ、登山道では登り優先ということで登ってくる人がいれば道を譲る。まぁ道譲りを口実に休み休み降りていくことにする。何せ富士宮口五合目で終われる他の人とは異なり、私のほうはまだまだ先が長いのだ。

下りの最中に自衛隊の集団三つばかりとすれ違う。時期的に見てこれも登山駅伝関連であろうか。


そんなこんなで12時に六合目に到着。ここでしばしの休憩。

12時30分に宝永火口に向けて出発。宝永山経由で御殿場口に戻ろうというのではない。宝永火口沿いに双子山のほうに降りて行き、そこから御殿場口へ戻る計画である。
素直に御殿場口には下りず、あえて周り道をする。それが私だ。そんな私だから人生も周り道。いや人生のほうは迷い道か?って私の人生の話などどうでもよい。

このころになると雲が拡がってくる。炎天下の暑い中を歩くよりかはマシだが、景色が全く見えないというのも味気ない。

宝永第二火口と第三火口の間のところで、御殿庭上へと向かい第三火口の中に降りていく。天気が良ければここから第一火口・第二火口越しに山頂を眺められると思っていたのだが雲のため山頂は見えない。
宝永第一火口・第二火口
こんな感じ。山頂どころか第一火口の一部も雲で隠れている。

しかし分かっていたことではあるがこっちに来る人は本当に少ないねぇ。まぁ皆無ではないけれども、持っている荷物の量からすると頂上から下りてきた人ではなく、富士宮口五合目から来た人に見える。山頂からわざわざ足に負担のかかる富士宮口を通ってさらにその下まで歩こうなんて人は少ないのだろう。

第三火口を通り抜けた御殿庭上からしばらくの間は樹林帯である。

ところで登山記(1)の地図を見ていただきたい。御殿庭上を過ぎてしばらく行ったところで軌跡が途切れているのがわかるだろう。これは別にここからバスに乗れるとか、ここで遭難して終了とかいうわけではない。もちろん電池切れでもない。記録容量が一杯になっているのに気付かなくてそこで記録が止まってしまっていたのだ。本来ならば容量が一杯になる前にデータを保存してアクティブログをクリアしなければならなかったのであるが、すっかり忘れていた。宿泊時や大休止のときは電源を切って記録を止めていたのだが、やはり御殿場口の登りで時間をかけすぎたのが悪かったのか…。いや、初期設定のまま一定時間ごとに記録を取っていたのだが、一定距離移動ごとの記録に設定し直していれば大丈夫だったのか?

さてここの区間、道ははっきりしているのだが結構急な坂道が多い。砂礫で覆われ滑りやすいところもある。ところどころに「ハイキングコース」との標識があるのだが、この道がハイキングコース?
どう見てもハイキングといった生易しい道ではなく、もっとハードな登山道に見える。

しかしこのハイキングコースの標識、目的地までの時間が書かれているものがあるのは良いのだが、あまりにもいい加減。双子山まで55分と書かれた標識を見てから約一時間歩いたらまた双子山まで55分と書かれているような感じ。これは個人の歩く速度がどうこうの問題ではなく明らかにおかしいだろう。おかげで自分が今どの辺まで進んだのかの推測ができなくなってしまった。まぁ本来はこういう時こそGPSで現在位置を確認すればよいのだろうけれども、道に迷っているわけではないから、時間さえかければ必ず目的地に着けるだろうと楽観的に考えてそのまま進む。

途中、砂の崖に見えるところを登らねばならないところがいくつかあった。昨年砂で崩れやすい崖を登った時のことを思い出して途方にくれたのだが、実際に歩いてみたら、見た目ほど崩れやすくはなくて無事通過できた。
もし見た目通りの崩れやすい砂の崖であったなら別のハイキングコースに向かうために、来た道を戻らなければならなくなるところであった。そうなれば最終バスに乗り遅れる可能性も出てくるし、さすがに下りも御殿場駅まで歩くなんて気力・体力もない。無事に通過できてよかった…。


天気が良くて時間に余裕があれば双子山の頂上にも登ろうと思っていたのだがあたりは相変わらず霧の中だし、下りも結構時間がかかったからバスの時間に間に合わせることを最優先にしなければならない。ということで御殿場口新五合目に向けて進む。
この双子山-新五合目間は場所が場所だけに、砂走り。今回は下りだから良いものの、ハイキングコースとしてはここを登るの?
私は嫌だよ、こんなところ登るのは。別のハイキングコースから回り込んで、ここは下るのがいいんじゃないかなぁ。




そんなこんなで16時7分、新五合目に到着。
鳥居をくぐったところで声をかけられる。「タクシーに乗っていきませんか?」

どうやら私より前に新五合目に到着した人らしい。バスは17時00分の最終便までないということでタクシーを呼んだらしいのだが、割り勘要員として声をかけられたらしい。
確かに長時間バスを待つよりはタクシーに乗ってしまいたいという気持ちもわからないではない。しかし私は下りてきたばかり。休憩したり埃をはらったり荷物を整理して詰め直したりしているうちにバスがくるだろうから、私にとっては割り勘にしてもバス代以上の金額になるタクシーに乗るメリットはあまりないのだが、売店のおばちゃんまで動員して割り勘要員を探している人に対して断るのも悪い。次に下りてくる人がどのくらい後になるかわからないし、その人が自分の車で来ている可能性もあるのだから。
仕方がないので同乗を承諾して、休憩する間もなくタクシーに乗り込む。
でもタクシーの運転手さんが富士山についていろいろ語ってくれたのはおもしろかったから、損をしたって気分にはならなかったかな。


そんなこんなで御殿場駅到着。同乗の方々に挨拶をしたのち、私は新橋浅間神社まで戻った。今回も変則的なコースながら無事全行程を終えることができたということで、お礼のご挨拶。

帰りにも木の花名水を汲ませてもらおうと思ったら今回は人が並んでいる。中には二十本位のペットボトルを持ってきている人もいる。まぁ自由に汲むことのできる場所だから二十本汲もうが三十本汲もうが構わないのであるが、ここにきてペットボトルをすすぎながら汲むってのはどうなんだろう。ただでさえ量が多くて他の人を待たせるのだから、すすぐのくらいは事前にやっておき、ここでは汲むだけにするというのが当たり前のマナーではあるまいか?



ということで今回の富士登山は終了。今回までで四大登下山道の中で一度も通ったことがないのはスバルライン口登山道6~8合目、同下山道8~6合目、御殿場口下山道6~5合目を残すのみとなった。(まぁ登山道と下山道が同一ルートでも登りと下りを分けてカウントすればこれに富士宮口6~10合目の登りも加わるけれども)
普通にやれば後二回登らなければコンプリートできないが、変則ルート好きの私ならあと一回でいけるかな。今は地図に載っていない(けれど踏み跡やマーキングをたどれば何とか通れそうな)御中道を通ればスバルライン口6合目から御殿場口6合目までいけるはずだから。
ということで次回は麓からの登山は休止したショートコースでまだ通ったことのない部分を消化することにしよう。ついでに頂上の残り四つの峰も消化して。まぁショートコースとは言っても5合目から普通に登る人と比べれば長距離なんだけれどもね。
さらにその次のアホ企画も構想はまとまっている。来年以降をお楽しみに!!



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2011年富士登山記(1)
2011年富士登山記(2)
2011年富士登山記(3)

テーマ : 登山・ハイキング
ジャンル : 旅行

2011年富士登山記(3) 電池切れ、また電池切れ…

15日は0時ころに起床。出発準備を始める。

この準備の段階でデジカメの電池が切れているのに気付く。そういえば出発前に電池の残量を確認していなかったっけ。でも前回充電した後は七夕の撮影でしか使ってないからそんなに減ってないと思ったんだけどなぁ。古いやつだから電池自体がだいぶへたってきていたのかな?
しかしこれからご来光やら頂上やら下りやらで撮影したい場面も多々あるだろう。どうするか。

こんなこともあろうかと用意してあったビデオカメラを利用する。いや、本当はこういう事態を想定してビデオカメラを持ってきたわけではないんだけどね。
東日本大震災後、山梨・長野付近を震源とした比較的大きな地震も起きている。まぁ地殻にかかるひずみに変動があれば別の場所でも大なり小なり地震が起きてもおかしくはない。で、私が富士山にいる間に地震が起きて落石でも起きた場合、やはり静止画よりも動画で撮影した方が臨場感のある画が撮れるだろう。私のデジカメにも動画撮影機能自体は付いているようであるが、なにぶんにも古いデジカメで認識できるメモリーの容量も小さく、ごく短時間しか撮影できないということで動画は動画専用のカメラを持っていくことにしたのだ。
とはいっても落としたり転倒したりという形で衝撃を受けやすく、砂ぼこりの舞う中での使用も想定される中、本格的なビデオカメラを持っていく勇気は私にはない。ということで壊れても惜しくない、安いトイムービーである。
ただトイムービーということで性能的にも大したことがない上、ビデオカメラで静止画を取ることはできるもののやはり使い勝手は良くない。とりあえず動画で撮影したものの中ならよさそうな画を切り出して貼っておく。



さて、準備を終え0時40分に出発する。天気も良好。一昨年はここを出発するときに強めの雨が降っていたために肉体的にも、そしてとくに精神的にも結構きつく感じたのであるが今年は晴れ。一昨年と比べて、同じコースながらだいぶ楽に感じる。
しばらく登って八合目の見晴館跡地で食事休憩。一昨年、砂走館を真夜中に出発してから頂上で朝食を食べるまでの間、飴をなめつつ登ったものの腹が減ってしょうがなかったという経験をしたので、今年は夜食を用意してきたのだ。レトルトの五目御飯であるが、腹もちも良く、飴をなめているのだけより格段に力が出る気がする。
ちなみに昨年は昼間も夜も羊羹をかじりながら歩いたのであるが、羊羹も飴と比べて腹もちは良いのだが、甘くて口の中がべたついた感じになる羊羹よりも、適度に塩気の利いた五目御飯のほうが私には合っているように思う。



そんなこんなで御殿場口頂上に着いたのは、かなり明るくなった4時15分。
御殿場口頂上銀明水



砂走館からここまで3時間35分。一昨年は3時間だったが、一昨年にはしなかった食事休憩の時間を差し引いても今年は少し時間がかかったようである。でもまぁ誤差の範囲であろうか。

さてこんなところでぐずぐずしてはいられない。銀明水前では御来光は見えないのだ。急いで東方向に進む。成就岳(勢至ヶ岳)近くまで進んだところで日の出時間となった。
2011年登山でのご来光




さて、登山記(1)の地図をもう一度見ていただきたい。9合目付近から頂上までの軌跡が途切れているのがわかるだろう。これは別に9合目から頂上にワープしたとかではない。GPSの電池が切れているのに気付かなかったのである。道のはっきりしないところを歩くときはGPSで現在位置を頻繁に確認するものの、道のはっきりしているところでは行程の記録専用と割り切ってほとんど確認しないので電池切れに気付かなかったのだ。もしかしたら電池切れを知らせるアラームが鳴ったのかもしれないが、そんなものはラストスパートということで登ることに専念している最中では気づかなかった。
当初の予定では頂上で電池交換すれば間に合う計算ではあったのだが、登りで予定以上の時間がかかったために頂上まで持たなかったわけである。もしやと思って御来光撮影後に確認してみたらこのありさまである。
デジカメに続いてGPSも電池切れとは…。まぁこっちは交換用の電池があるから良いのだけれども。
ちなみにビデオカメラもご来光直前に電池切れになっており結構あわてた。まぁ電池交換は間に合ったのであるが…。ここまで電池切れが重なるって何かの呪いだろうか?(いや、単なる準備不足・確認不足)

御来光を眺めた後、東安河原まで戻り、ここで朝食の準備を始める。
一昨年は御来光見物の終わった人たちで非常に込み合う山小屋で朝食としてカップうどんを食べたのであるが、その待ち時間がものすごく無駄に思えたことと、そもそも私は朝昼夕はすべて米を食べたい人間であることから、朝食も持ってきたのである。麺類やパン類はおやつや夜食としては食べるけれども朝昼夕に出されると非常に不機嫌になるんだ、私は。
さて朝食は何か温かいものを食べたい。昨年は発熱材付き非常食を試してみたがうまくいかなかった。結局いろいろ考えてみた結果、発熱材でどうにかするよりも素直にガスを持って行った方が確実だし荷物もまとめやすいという結論に達したので、今年はガスを持って上がり、湯を沸かしてそれを使うことにした。メニューはカップ茶づけ。

本当はこのカップ茶づけを作るときには、ご飯を暖めてほぐすために使った湯は捨てて、新たな湯を注ぐことになっているのだが、湯を捨てる場所がないし、そもそも捨てられるような無駄な水は持っていない。ご飯を暖めた湯でそのまま食べる。富士山頂上で気圧が低いため沸点が低くなりただでさえぬる目なのに、きちんとした作り方をしていないからさらに冷めてしまったが、それでもやはりあったかいものを食べると元気が出てくるねぇ。

山小屋ではなく自炊すると、自分の好きなものが食べられるし、何より待ち時間を大幅に短縮できる。もし山小屋で朝食を取ろうとしたら30分とか一時間の単位で予定が遅れていたことだろう。

ちなみに富士山頂は国立公園特別保護地区であり、法律上「火入れ又はたき火をすること」は環境大臣の許可が必要ということになっている。ここで言う火入れとは野焼きのようにそこに生えている植物に火をつけること、たき火とは地面の上で直接火をおこすことであり、コンロのような器具の使用は含まれないという解釈が正しいはずだし、静岡県に質問したら「たき火はだめだけれどコンロはOK」という回答をもらったという人もいる。だから人の迷惑にならない範囲でのコンロ使用は問題ないはずなのであるが、たき火禁止=火気禁止と解釈している人も少なくない。悪いことに登山ガイドブックなどもその辺の法解釈があいまいなまま火気禁止と書いてしまっている例があるらしい。なのでコンロを使用していると知ったかぶって「火気使用禁止だ!」と文句を言いに来る人がいるかもしれない。コンロを持っていこうという人はその辺のことは覚悟しておいた方がよいかもしれない。まぁ今回私は特に何か言ってくる人にはあわなかったけれど。






のんびり朝食ののちGPSの電源を入れて出発。まずは富士宮口頂上の浅間大社奥宮へ。
頂上浅間大社奥宮




お参りを済ませ、5時40分に剣ヶ峰に向かって出発。


馬の背-剣ヶ峰
剣ヶ峰に行くには馬の背と呼ばれる急坂を登らなければならない。他の人の登山記を見るとこの馬の背を登るのが大変だったという感想の人を多く見かけるのであるが、そんなに大変かなぁ?
確かに急だし、砂礫で滑りやすかったりもするけれども、距離的には短いからそんなに大変だと感じたことはないんだよな、私は。
この馬の背の登りを避けるために逆回りで馬の背を下る人も少なくないとのことであるが、両側が崖の滑りやすい急坂を下る方が怖くないか?

剣ヶ峰では既に写真待ちの列ができている。
剣ヶ峰の写真待ちの列
写真を取らないことにして列の脇を上がろうかとも思ったのであるが、せっかくだから列に並ぶことにする。どちらかというと写真を撮ることよりも列に並ぶことのほうが目的に近いような気もするけど。

ただこの剣ヶ峰で不届きな連中も見かけた。写真列に並ばずに登って、展望台などを見物した後、写真列に並んでいた人が交代しているすきに横入りして写真撮影を始めた初老の男性グループがいたのだ。
そのメンバーのうちの一人は写真待ち列に気付いて「みんな列に並んで待ってるから早くどこうよ」などと声をかけていたが他のメンバーはお構いなしで撮影を続けている。全く恥知らずな連中である。本当に日本人か?写真を撮りたければ列に並びなおせよ!

そんなこんなで6時10分に剣ヶ峰に到着・撮影。
富士山頂上


剣が峰付近には『太平洋戦争でなくなった陸軍飛行兵の人たちの鎮魂の碑』があるとの情報も見たことがあるのだがどこにあるか見つけられなかった。もしかしたら石碑のようなきちんとしたものではない小ぶりの石で、移動・撤去されたりしたのだろうか?浅間大社奥宮の前に一昨年あった『皇紀二六〇〇年戦勝祈願』の石が昨年も今年もなかったのと同じようなものであろうか?詳しく知っている方がおられたら情報をお願いしたい。



6時15分、剣ヶ峰を後にする。当初は馬の背を下って富士宮口へ戻ってさっさと下山する予定だった。まだまだ先は長いからね。しかし先ほど書いたように馬の背を下るのは私にとっては怖い。それに周り道をしない私など私ではあるまい。ということで急遽お鉢巡りをしてから下山することにする。ただ時間的制約もあるので八つの峰すべての頂上に登るのはあきらめることにする。

ちなみに剣ヶ峰の下のところではまだこの程度の残雪があった。
剣ヶ峰下の残雪


大沢崩れの上あたりで影富士を眺める。
頂上から見た影富士



ずっと進んで久須志岳(薬師ヶ岳)と朝日岳(大日岳)の頂上には登ってきた。
久須志岳(薬師ヶ岳)頂上 朝日岳(大日岳)頂上
これで、剣ヶ峰、久須志岳、朝日岳、そして今年はわざわざ登らなかった駒ケ岳(浅間岳)ということで八つの峰のうち半分の頂上には登ったことになる。残り半分については次回以降に挑戦しよう。




朝日岳を降りてお鉢巡りを続けようとした時、マウンテンバイクを乗り回している外国人グループを見かける。こんなところまで自転車を持ってくるとは御苦労な事ではあるが、富士山山頂は崖間際の細い道などもあり、そんなところで自転車を乗り回されるのは、本人たちが危ないという以上に周りの人にとって危険で迷惑な行為ではあるまいか?歩行者ならば自分の蹴とばした石が落石を起こせば気付いて下の人に注意を喚起することもできるだろうが、自転車だと自分の跳ね飛ばした石がどうなったかなど気付きにくいのではなかろうか?事故を起こしてくれるなよ!





浅間大社奥宮前に戻ってきたのは7時40分。

休憩と下山準備をしているところで次回に続く。




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2011年富士登山記(1)
2011年富士登山記(2)
2011年富士登山記(4)

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