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日野光治

Author:日野光治
馬鹿と煙は高い所に登る。
しかし高い所に登らなきゃ見えない景色もある。
政治だって『庶民の目線』なんてのがもてはやされてるけど、そういう低い位置からだけしか見ていなければ道を誤る。
ということで、馬鹿は馬鹿なりに今日も好き勝手に政治放談したり山歩きをしてみたりと、気ままに生きてます。

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また余計なことを…

菅首相が日韓併合100年に際し首相談話を出す意向らしい。当然のごとく村山談話を踏襲したものになるらしい。

仙谷官房長官は「日韓併合100年という節目に、私たちが来し方を振り返り、未来についてじっくり考えるべきときだ」としているようだが、「反省」と「おわびの気持ち」を盛り込んだものが何で未来につながるというのだろう。反省とお詫びで未来が築けるなら村山談話で事態は好転していたはずではないか。

しかし現実は逆。村山談話のせいでさらに図に乗って声高に謝罪要求をするようになっただけではないか。

まぁそりゃそうだろう。向こうは謝罪を受け入れる気なんてさらさらないだろうし、日本も何に対して謝罪すればいいのかわからないままに、形だけの謝罪の言葉を並べているだけなんだから、いくらでも突っ込みをいれられてしまう。こんな状況下で新たな反省やお詫びを口にしたところで未来のより良い関係を築くどころか、ますます関係が悪化するだけである。


日本は何に対して謝罪をしなければならないのだろうか?
植民地支配で迷惑をかけたことに対して?
それは違うだろう。そもそも日本が朝鮮でしてきたことを植民地支配と言えるのだろうか。

一般的にいって植民地支配といった場合収奪するのが普通だろう。ところが日本は収奪するどころか、教育・インフラの面で相当な額を投資している。もちろんどんな植民地であっても、現地人を自軍の兵士として使うために最低限の教育はするだろうけど、日本が整備したのはそうした最低限の教育ではなく、高等教育までも含んでいたのだ。例えば京城帝国大学等は大阪帝国大学や名古屋帝国大学よりも早くに設立されているし、朝鮮人であっても日本の陸軍士官学校に入学でき、最終的に中将にまでなった朝鮮人もいる。中将というのは生粋の日本人だってそうそうなれる階級ではない。
もし本当に植民地支配などをしようと思ったら、下手に現地人に知恵をつけたり、高い地位につけたりするのは反乱の芽を増やすことにしかならないのだから、そうした高等教育からは遠ざけようとするのが普通ではなかろうか。

徴兵に関しても朝鮮人は優遇されていて、終戦間際まで徴兵を免除されている。もし植民地支配していたのなら、そんな優遇措置をとることなく真っ先に徴兵して日本人の盾となるような配置をされていたことだろう。

もちろん理想と現実は違うわけだから、理想通りにいかなかったがためのすれ違いにより迷惑をかけた部分はあるだろう。しかし差し引きで見れば十分以上に恩恵も与えてきたわけで、それを無視して迷惑部分にのみ着目して謝罪要求をするってのは、もはや言いがかりと言ってもよいのではなかろうか。



日本が朝鮮に謝罪すべきことがあるとすれば、日本が戦争に負けてしまったことだろう。
日本の戦争に協力したにもかかわらずその日本が負けてしまったことにより協力者としての誇りが傷ついた。日本と戦ったわけでもないのに戦勝国に名を連ねることによってやっと自尊心を充足させている状態。
また朝鮮の教育・インフラ整備のための投資も日本の敗戦とともに途絶え、朝鮮発展にブレーキがかかってしまった。
日本の抜けた穴を埋めるように影響力を行使しようとしたアメリカや中国・ソ連は、朝鮮の発展に尽くすどころか朝鮮を分断させてにらみ合うばかり。

つまり日本が戦争に勝ってさえいれば国家が分断されることもなく、日本とともに社会発展していき、戦勝国と共に戦えたことを誇りに思えたわけである。それなのに日本は負けてしまった。これなら確かに怒っても仕方がない。「負けてしまって申し訳ない」とか「最後まで面倒をみれなくて申し訳ない」という謝罪なら確かにありうるだろう。特に今回の談話というのは日韓併合100年という節目に出すもの。未来志向であるならばその日韓併合のプラス面を評価し、それを全うできなかったことこそを反省し、また昔のように手を取り合って発展していこうというのが筋ではなかろうか。ありもしない『植民地支配による迷惑』に対する反省とお詫びなど、筋違いも甚だしい。

まぁそういう事実に基づいた談話など韓国が受け入れるわけないし、市民活動家上がりの菅首相がそんな談話を出すわけもない。
しかし事実に基づかない言葉を重ねたところで、そんなものは未来志向とは言わない。現在・過去・未来というのはすべてつながっているものである以上、未来を語るためには過去・現在の事実に基づかなければならない。
事実を軽視するくらいなら余計な談話など出さない方がマシである。




========== 8月7日追記 ==========

昨日8月6日に米国駐日大使が広島平和祈念式典に出席したことについて、米国務次官補が『広島では、謝罪することは何もないが、戦争の影響を受けたすべての人々に配慮を示す』と強調したとのこと。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100807-00000036-jij-int

原爆投下というのは、市民を巻き込んだ無差別爆撃に相当する国際法違反であるとの説があるにもかかわらず、明確に「謝罪することは何もない」と言いきっているのである。米国高官が米国の国益を考えて発言すれば当然こうなるだろう。

それに対して日韓併合というのは条約に基づき合法的に行われたものである。にもかかわらず謝罪しようなんて、頭がどうかしているとしか思えない。米国の対応を見習うべきだろう。
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テーマ : 韓国について
ジャンル : 政治・経済

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